第7章 親と子のボーダーライン(その124)
今度は斜め前からの位置でカメラを構える。
「はい、チーズ・・・。」
そう掛け声を掛けたかと思うと、フラッシュが眩しく光った。
哲司は冷や汗が首筋から背筋に走るのを覚える。
写真を撮られるのが、つまりは被写体になるのがあまり好きではないこともあるが、今回の冷や汗の原因はまったく別のところにあった。
そうして父親が何度もカメラを構える間も、テーブルの下では美貴の手が哲司の手をきゅっと握ったままだった。
もう、とても「何かの間違い」だとは言えないし思えない。
心臓がバクバクして、やたらに顔が熱くなっている。
並んで座っている美貴の顔すら、まともには見ることが出来ないでいる。
「よ〜し、最後に、そのケーキも撮っておこう。皆のお腹に入る前に・・・。」
美貴の父親は、如何にも楽しそうに言いながら、今度はテーブルのこちら側へと回ってくる。
美貴から見た目線で、ケーキの写真を撮るつもりのようだった。
(こ、これはヤバイ!)
正直、哲司はそう思った。
今までは、父親はテーブルの向こう側から写真を撮っていた。
いろいろな角度から撮ったようだったが、そのいずれもがそうだった。
だが、今度はテーブルを迂回して、こちら側にやってこようとしている。
こちら側に来れば、当然に美貴と哲司の間も視界に入るだろう。
つまりは、美貴に手を握られていることが知られてしまう。
哲司は祈った。
自分から握った手ではないし、美貴の方からその手を離してくれないかと。
だが・・・。
その願いは聞き届けられなかった。
美貴は、依然として哲司の手を握ったままである。
いや、それどころか、父親がテーブルの角を曲がった辺りで、改めて哲司の手を握りなおしてきたのだ。
そう、さらにしっかりとだ。
父親が美貴の後ろにやって来た。
哲司は気が気ではない。
手を握られているのが分かったのではないか。それで、叱られるのではないか。
そんな気持に押しつぶされそうだった。
今にも、首根っこを掴まれそうな萎縮した気持になっていた。
やっぱり、来るんじゃなかった。そうとまで思った。
「おおっ! 思った以上に綺麗だ。何より、この“お誕生日おめでとう”と日本語で書いてあるのが良いよなぁ〜。」
父親は改めてその誕生日ケーキを覗き込むようにする。
哲司は、背中で懸命に父親の気配を探る。
そうは言っているものの、きっと美貴と手を繋いでいることには気が付いているのだろう。
そう思えて仕方が無い。
(つづく)