第7章 親と子のボーダーライン(その119)
「ええっっっ! だ、だって・・・。」
哲司が絶句する。
それはそうなって当然だろう。
今朝も、美貴は昨日までと同じように、自分の机を哲司の机にくっつけてきた。
掃除当番が元に戻してしまうからだ。
そして、そのことは、教科書がまだないからという事情が続いていることを示していた。
いや、少なくとも哲司はそう捉えていた。
だからこそ、そうされても何も言わなかった。
だが、当の美貴が、「今日は鞄に教科書を入れていた」と言ったのだ。
事実、美貴の勉強机には4年生と5年生の教科書が並べて立ててある。
つまりは、既に教科書が渡されていたことになる。
「だったら、どうして?」
哲司はその先に続くべき言葉を省略して訊く。
省略しても、問うている内容は分かる筈だとの思いがあった。
「う〜ん・・・、どうしてなんだろう?」
美貴は、今更ながらに苦しげな顔をする。
「自分のことだよ。」
哲司はいささか腹が立つ。「騙しやがって・・・」との思いもある。
「だ、だからさ、明日からはこの教科書を持って行くって言ってるんだ。」
そこで龍平が割って入ってくる。このままだとマズイと思ったようだった。
美貴の言葉をそう代弁する。
「そ、そう思って、今朝もちゃんとカリキュラムに合わせて教科書は持って行ったの。」
美貴も、これは自分の口から説明するべきだと思ったのか、間に入った龍平を押しとどめるようにして哲司に近づいてくる。
「だ、だったら・・・。」
「でも、哲ちゃんの顔を見たら、教科書貰ったしとは言えなくなって・・・。」
「ど、どうして?」
「・・・・・・。」
「ドンくさい奴だなぁ。そんなことを訊いてどうする!」
一旦は美貴に押しやられた龍平が、まさに怒ったように再び前に出てくる。
明らかに、哲司に対する怒りである。
「だ、だって・・・。」
「だってもへったくれもあるか! そんなことを訊くなよ!」
龍平は今にも哲司に掴みかかりそうな勢いだ。
「い、良いの。私が悪いんだから・・・。」
美貴がその龍平の片腕を取るようにして引っ張っている。
このままだと、喧嘩が始まりそうだと思ったようだ。
「だから、先生にも叱られたんだし。」
「ど、どうして?」
「教科書を渡したのに、どうして持って来なかったのかって。」
「も、持ってきてたんだろ?」
哲司は、その答えが知りたかった。
(つづく)