第7章 親と子のボーダーライン(その117)
「わおぅ〜! 素敵な部屋・・・。」
まずは龍平がそう反応した。
両手をちょっと広げるようして言う。
「・・・・・・。」
哲司も、何らか言わなければ・・・、とは思うのだが、どう捻ってみても頭から言葉が引き出せない。
まるで失語症にでもかかったかのようにだ。
中途半端に開いた口が、ただただパクパクと空気を出し入れする。
「こ、こいつ、女の子の部屋を見るのは初めてみたいで・・・。」
龍平が横からそうサポートしてくれる。
それでも、内心「余計な事を」と思う哲司である。
部屋の広さは6畳ぐらいだろうか。哲司の部屋より少し広い感じがする。
正面には大きな窓が付いていて、その内側には女の子らしいピンクのカーテンが掛けられている。
そして、左の壁際に寄せるようにして、これまた可愛いカバーが掛かったベッドがあった。
熊のプーさんが描かれた大き目の枕が印象的だ。
「意外と綺麗にしてるじゃん。」
龍平は抜け目なくそう言葉を続ける。
こうした場では、黙っていては駄目だとでも言っているようにも聞こえる。
「おっ! ちゃんと、教科書も揃ってるし・・・。」
ベッドとは対極の壁際にあった勉強机に近づいて、龍平がさらに言う。
「う、うん・・・。4年生と5年生の両方なの。」
美貴がようやくそう答える。
(ん?)
哲司は、部屋に入ったところから動けてはいない。
どう動けば良いのかも分からないから、必然的にそこでじっとするだけになる。
それでも、今の龍平と美貴の会話には「どうして?」という疑問が残った。
美貴は、「教科書がまだだから・・・」という理由で哲司と机をくっつけて授業を受けている。
つまりは、哲司の教科書を共用しているのだ。
もちろん、それは担任の指示があってのことだったが、それは今日の時点でも変わってはいなかった。
それなのに、美貴の自宅の机には、その教科書が乗っていたのだ。
(だ、だったら・・・、持ってくれば良いのに・・・。)
哲司は単純にそう思った。
「へぇ〜、これが5年生が使う教科書かぁ・・・。」
龍平は興味深そうに1冊の教科書を手にとった。そして、パラパラとそれを捲る。
どうやら、それは算数の教科書みたいだった。
「でもね、こうして4年生と5年生の教科書を持ってみると、何か不思議な感じがするのよね。」
美貴が初めて哲司の方に向かってそう言った。
(つづく)