第7章 親と子のボーダーライン(その116)
別に、美貴のスカートの中を覗こうとする気持などはなかった。
第一、そんなことを考える余裕すらなかった。
それでも、母親がそうしたことを言い、そしてその言葉を聞いて美貴がスカートの裾を気にしたことが、哲司に恥ずかしさをもたらしたのだ。
「ど、どうぞ・・・、先に上がって。」
美貴は、階段の途中にいるのに、自らの身体を端に寄せるようにして下のふたりに声を掛ける。
「は〜い、じゃあ、お邪魔します。」
戸惑う哲司を尻目に、すぐさまそう反応したのは龍平の方だった。
哲司の袖を引っ張るようにして、これまた素早くその階段を駆け上がっていく。
それに引っ張られるようにして、哲司も龍平の後ろを付いて上がる。
哲司が美貴の横を通り過ぎるとき、小さな声で「ごめんね」と言うのが聞こえた。
哲司は、その意味が理解できなかった。
男の子ふたりが階段を上がりきったのを見定めてから、美貴はその後を追うようにして上がる。
さすがに、先ほどのようにトントントンという軽やかさはなかった。
どちらかと言えば、静々と・・・、そんな感じだった。
龍平も哲司も、階段の上で美貴が来るのを待っている。
部屋を知らないのだから、そうするより他は無い。
「こっちなの・・・。」
階段を上がりきった美貴は、今度は自分が先導するようにそこから続く廊下を歩いていく。
ふたりが黙って付いていく。
とあるドアの前まで来て、美貴が手にしていた小さなポーチから鍵を取り出した。
そして、そのドアの鍵穴に差し込んで回す。
ガチャ!という音がした。
哲司は、何か不思議なものを見ているような気分だった。
(ここはミィちゃんの家だろ?)
言葉にすれば、そんな感じだ。
それなのに、どうして鍵などが必要なのか?
そうした違和感があった。
哲司も自分の部屋を持っているが、それでも鍵など掛けたことはない。
いや、鍵など付いていなかったような気がする。
付いていたとしても、それを掛ける必要がどこにあるのだろうと思ったりする。
(アメリカじゃあ、これが普通なのかも。)
哲司は、目の前の光景をそう思うことで納得しようとする。
「さ、どうぞ。散らかっているけれど・・・。」
自らの手でドアを開けた美貴が、身体を横にずらせるようにしてふたりを部屋へと押し入れる。
そして、入り口付近に付いていたスイッチで部屋の明かりをつけた。
(つづく)