第7章 親と子のボーダーライン(その111)
「カッコ良いよ。行っておいで・・・。」
母親は、哲司の気持を汲んでいるかのようにそう言ってにっこりと笑った。
「う・・・、うん。じ、じゃあ・・・。」
「遅くなっても、9時までには失礼してくるのよ。それ以上は駄目よ。」
「わ、わかった・・・。行ってくる。」
「・・・・・・。」
母親はまだ何かを言いたかったようだったが、哲司はもうその玄関口から外へと飛び出していた。
何かを言われても、もうそれは耳に届かない。
哲司は約束の公園に向かって走った。
真新しい靴が、まるで哲司の身体を運んでいくように快調に回転する。
公園の入り口には既に龍平の姿があった。
「おぅ!」
どちらからともなく、そう声を掛け合った。
そして、互いに相手の姿格好に目を貼り付ける。
「オメカシなんかしやがって・・・。」
先に口を開いたのは龍平だった。
「りゅ、龍平こそ・・・。」
哲司がそう切り返す。
「へぇ〜、それって、オカンの技?」
龍平は、哲司のヘアスタイルが気になったようだった。
日頃の哲司ではないからだ。
「ま、まあな・・・。それより、龍平もすっごい服じゃねぇ?」
哲司は、龍平がいつもの半ズボンではないことに注目する。
そう、長ズボンを穿いていたのだ。
しかも、折り目がしっかりと付いたものだ。
如何にも「大人」っていう感じがする。
「おぅ、そうだった。これ・・・。」
龍平が思い出したように黒い物を取り出した。
小さな箱のようにも思えた。
「こ、これは?」
「約束のもの。」
「ん?」
「だからさ、竹笛を入れるケースだよ。」
「ええっっっ! これにか?」
哲司が驚いたのも無理は無かった。
龍平が突き出してきたものは、ちゃんとした楽器ケースだったからだ。
手作りの竹笛には似合わない。
「良いから、入れてみろよ。」
そう言って、龍平は自らの手でそのケースを開けてみせる。
「これな、ピッコロって言う楽器のケースなんだ。」
そう言いながら、哲司の手から例の竹笛を取ってその中へと入れる。
(つづく)