第7章 親と子のボーダーライン(その110)
「ええっっっ! やっぱり?」
哲司が、そう声をあげる。
「ん? 気に入らない?」
「う〜ん・・・、別に、そうは言わないけれど・・・。やっぱ、これで行かなきゃ駄目?」
哲司は、自分の気持を押し殺して言う。
本音は「これで良い」と思っているのだが、どうにも即座にそれを受け入れにくい。
やはり照れが沸き立ってくる。
「うん。男の子でしょう? 決めるところはビシッ!と決めなきゃ・・・。」
「・・・・・・。」
「あんたがいつも言ってるじゃない?」
「ん?」
「野球やサッカーのテレビ中継見てて、ここで決めなきゃ!って・・・。」
「・・・・・・。」
「それと同じよ。ここぞって所で存在感を示すのが一流選手なんでしょう?」
「そ、そりゃあそうだけど・・・。」
「おっと、もうこんな時間よ。そろそろ出かける準備しなくっちゃね。」
母親は哲司に引導を渡すかのように自分の腕時計を突き出してくる。
時刻は5時20分になっていた。
「ああっっっ! 急がなくっちゃ!」
哲司も時間が無い事を意識する。
「どこで待ち合わせているの?」
母親は楽しそうにそう訊いてくる。
ブラシや櫛を棚に片付けながらである。
「いつもの公園。」
哲司が珍しくそうはっきりと答える。
いつもであれば、そんなこと・・・と思って無視を決め込んでいる。
「じゃあ、忘れ物しないようにね。」
母親は、哲司の動きを見てそう言葉を投げてくる。
「わ、分かってるってば・・・。」
哲司はそう言ってから、改めて自分の部屋に入る。
そう、机の上に出しておいた例の竹笛を取りに行ったのだ。
哲司はその笛を手にして玄関へと走り出る。
できるだけその笛が母親の視線に触れないようにと、身体の脇に挟むようにしてだ。
「靴も新しいのを出しておいたから・・・。」
母親がその背中に言う。
「あ、ありがとう・・・。さ、サンキュー・・・。」
哲司は素直にそう言った。
そして、その靴に両足を突っ込んでから、改めて振り返る。
母親の顔を見たくなったからだった。
(つづく)