第7章 親と子のボーダーライン(その109)
「う〜ん・・・。」
哲司はそう唸るしか方法はなかった。
確かに、鏡に写る自分は、いつもの哲司ではない。
それでも、だからと言って、自分自身が変わった訳ではない。
単に髪型が変わっただけだ。
洋服を着替えたのと同じことだ。
中身は何にも変わっちゃあいない。
「ちょっとした工夫や努力で、人間は自分を変えて行けるってことなんだよ。」
母親は鏡の中の哲司に向かって話してくる。
依然として、その両手を哲司の肩に置いたままである。
「だけど・・・、それって、見た目だけだろ?」
哲司は思っていたことを言う。
学校でも、4年生ともなると、とりわけ女子は、日々の服装や髪型に気を配るようになる。
さすがに禁止されている化粧などはしてこないが、それでも鞄の中にそっと口紅を入れたりしている子さえいる。
それは何も、誰か好きな男の子が出来て、その子に良く思われたいからとか、そう言ったものではないらしい。
強いて言えば、同じ女子同士での張り合いがそうさせているようだ。
ある子がある日、髪に綺麗なリボンをつけてきた。
「お洒落に気を配るのは良いけれど、あまり派手にならないようにね。」
担任がそれとなく、そう注意をしたようだ。
だが、その翌日には、クラスの女子の半分ほどが、何らかのリボンを髪につけてきた。
さすがに担任もこれには驚いたようで、早速、「大きなリボンは付けてこないように」とのお触れを出した。
最後にやるホームルームでだ。
そうした経緯を男子は面白そうに眺めていた。
「俺達にゃあ関係が無い」とでも思っていたのだろう。
哲司も、同じように鼻で笑うようにして聞いていた。
だが、担任はその矛先を男子にも向けて来る。
「男子もそうですよ。誰かが有名ブランドのシューズを穿いてきたからと言って、誰もかもが同じようにそれを真似するもんじゃありません。
そのブランド品のシューズを穿いたからといって、決して速く走れるようにはならないんですからね。」
哲司は、日頃はあまり担任の言葉に頷くことはなかったが、この時の言葉だけは「うん、なるほどそうだ」と強く肯定したのを思い出す。
「確かに、見た目だけなんだけれどね・・・。それでも、人間って、そうして自分を少しでも変えて見せたいと思うことが大切なんじゃないのかなぁ?
お母さんは、そう思うよ。」
母親は、哲司が拒否してこないものだから、どうやら今の髪型で出かけさせようと決めたようだった。
「はい、じゃあ、これで良いよね。」
最後にそう止めを刺してくる。
(つづく)