第7章 親と子のボーダーライン(その108)
「やっぱり、こうして見ると、あんたは男前だよ。お母さんの眼に狂いはなかった。」
母親は、どういう意味なのか、突然のようにそう言った。
「お、男前?」
哲司は鏡の中の母親の顔を見る。
言われてムカつく言葉ではないが、だからと言ってごく普通に「ああそう?」と聞き流せるフレーズでもない。
「あんたが生まれたとき、周囲からは私に似ているって言われたんだよ。」
「・・・・・・。」
「でもねぇ・・・。お母さんは、この子は絶対にお父さんに似ている。そう思ってたんだよ。」
「・・・・・・。」
哲司は答える言葉が見つからない。
どう言えば良いのかが分からない。
正直な気持を言えば、父親に似ているとは思いたくはなかった。
その理由は明確に自覚できているものではない。
それでも、父親似だと言われることには抵抗感があった。
そりゃあ親子なんだし、似ていて当然ではある。
学校の友達でも、授業参観にやって来た親の顔を見ただけで、あれは誰々の母親だと分かるぐらいに似た親子もいるし、哲司には兄弟はいないが、まるで双子のようによく似た兄弟が揃って登校してくる場面にも出くわす。
別にそれを奇異だとも不思議だとも思わないが、哲司にはそうした感覚が無かったのも事実である。
哲司は、誰からも「父親に似ている」とか「母親に似ている」とか言われたことがなかった。
自分でもそう思っていたし、別にそのことについて不満があったものでもない。
いや、敢えて言えば、似ていると言われない安堵感があったような気さえする。
それなのに、今更のように「父親に似ている」と言われても・・・だ。
しかも、母親がそう言うのだ。
「俺、お父さんなんかに似てねぇだろ?」
哲司は、ようやっとの思いで、それだけを言う。
「そんなことはないよ。お父さんによく似ている。いや、男前という点では、お父さん以上かも・・・。」
鏡の中の母親は、そう言って嬉しそうに笑った。
「ど、どこが・・・。」
哲司は鏡の中の自分に視線を貼り付けるようにして訊く。
「ほら、それがあんたの悪いところなんだよ。」
「ん?」
「自分の魅力、自分の強み・・・。そういうところを見落としている。ううん、意識して見ないようにしてる・・・。」
「・・・・・・。」
「この髪型だってそうでしょう? こうしてセットしてみると、今までの自分とは違って見えるでしょう?」
母親の両手が哲司の肩に乗った。
(つづく)