第7章 親と子のボーダーライン(その107)
「・・・・・・。」
哲司は黙ったままで鏡の中の自分を見ている。
「どうして、こんなところで分ける?」と訊いたのに、母親はその問いには答えなかった。
いつもなら、そうされると極端に怒り出す哲司である。
無視をされるのが一番嫌だった。
だが、不思議と、この場ではそうした苛立ちが浮かんでこなかった。
何となく、その答えを言われたくないような気持になっていた。
それ故の沈黙である。
「気に入らなければ、反対側で分ける手もあるわよ。」
母親は、一旦は仕上げたつもりになっていた哲司の髪型をブラシで壊しに掛かる。
最初の時のように、まっすぐに髪を梳きなおす。
「ああっっっ・・・。」
哲司は、鏡の中の自分が壊れていくような気分になった。
「あんた、旋毛が2個あるから、どっちからでも分けられるのよ。」
「えっ! 2個?」
哲司は、驚いて頭に手をやる。
「ああ、手を出さないで・・・。邪魔になる。」
「だ、だって・・・。」
「知らなかったの?」
「な、何を?」
「旋毛が2個あるって・・・。」
「・・・・・・。」
「普通の子は、1個なんだけどねぇ・・・。」
「ほんとかよ?」
「本当よ。殆どの子はひとつだけ。でも、あんたは2つ。」
「ど、どうして?」
「う〜ん、お腹にいるときに、暴れすぎたからじゃないの?」
「そ、それって・・・。」
「冗談よ。でも、良いじゃない? 他人にない特徴があるってのは・・・。」
「め、目立つ?」
「ううん。そんなことはない。だから、今までに言われた事って無かったでしょう?」
「ま、まあ・・・、そうだけど・・・。」
確かに、哲司は友達などにそう指摘されたことはなかった。
別に隠すつもりもなかった。第一、今の今まで「旋毛が2つある」なんてことは知らなかったのだ。
「はい、逆に分けると、こんな感じかな?」
母親は改めて鏡の中の哲司を見つめて言う。
そして、先ほどと同じように、少し距離を取って眺めるようにする。
「ああ・・・、こっちの方が良いかも。」
母親は、そう自賛する。
哲司も改めて鏡の中の自分を見る。
確かに、先ほどの髪型とはまた少し雰囲気が違って見える。
ただ、どちらが良いかなどという判断は付かない。
(つづく)