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第7章 親と子のボーダーライン(その106)

「・・・・・・。」

哲司は、そう言われても具体的に反応する言葉を持ってはいなかった。

母親の手に委ねる以外に術を知らない。


そう言えば、哲司は今まで理髪店、つまりは散髪屋に行ったことがない。

少なくとも、哲司の記憶の中ではだ。

散髪は母親がやっていた。

そして、それが当然のように思っていた。


「赤ん坊の時には、散髪屋さんに連れて行ったのよ。」

かつて、母親が言った話である。

やはり、むずがる赤ん坊の髪を切るのは、ひとりでは怖かったそうである。


そうしたことが原因なのかどうかは分からないが、哲司は他人に頭や髪を触られるのが苦手だった。無性に腹が立った。

そんなことに・・・?

確かに、自分でもそう思うことはあった。

それでも、その生理的な嫌悪感はどうしても払拭できなかった。

今でも、誰かが頭に手を伸ばしてくると、無意識のうちにその手から逃れようとする。

酷い場合は、その手を叩いたり振り払ったりもする。

例え、それが褒める意味での行為であってもだ。



母親は櫛とブラシを巧みに使って、哲司の髪を整えていく。

こうして母親に髪を触られるのは毎月のことだから気にはならないものの、いつもとはまったく異なるシュチュエーションに戸惑う哲司が鏡の中にいた。


「どうかな? こんなので?」

母親は、一旦は哲司の髪から手を離して、少し遠目から自分の手作業の結果を眺めるようにして言う。


「げっ! ・・・・・・。」

「気に入らない?」

「う〜ん・・・。」

「この髪型、今流行なのよ。」

「そ、そうは言っても・・・。」


哲司は、「流行」というものにはとんと関心がない。

あるのは、テレビゲームの人気だけだ。

ファッションやヘアスタイルなんてことは、どこか遠い世界のように感じる。

服は着られれば良いし、髪は重たくならない程度に切り揃えてあればそれで良い。

そう思うタイプだった。


「ど、どうして、こんなところで分けるんだ?」

哲司は、生まれて初めての髪の分け目にそう反論する。

気になって仕方がないのだ。


今までは、髪に分け目など作っていなかった。

自然に、あるがままに流して、その長さだけを切り揃えてもらう。

それが、哲司の「散髪」に対するイメージだった。

それなのに、今日に限って、母親は哲司の髪に分け目を作ったのだ。

そう、俗に言う「七・三分け」である。

しかも、両サイドの髪を、耳の後ろに向かって横に流してある。


「カッコ良いでしょう?」

母親は、まるで自分が編み出したヘアスタイルであるかのように言う。



(つづく)




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