第7章 親と子のボーダーライン(その105)
「な、何だって良いだろ?」
哲司は、まずはそう言う。
自分が用意した品物を明かすつもりはなかった。
「教えてくれたって良いじゃない?」
母親は粘る。どうにも気になるらしい。
だからこそ、龍平との電話を聞いていたのだろう。
「ど、どうして? 関係ねぇだろ?」
「だ、だめ?」
「うん、言わない。」
哲司は、それでこの話題から逃れたかった。
哲司も、こうした誕生日会に招かれるのは初めてである。
幼稚園の頃には、そうした会が園で行われていたという記憶は微かにあったが、小学校に上がってからは、個人の誕生日を祝うのは家族だけになっていた。
それがごくごく普通のことだと思う気持もあった。
小学校に上がってからは、誕生日の話題と言えば、今度は何を買って貰おうかという受益の構想ばかりだった。
友達同士で、じゃあ、お祝いをしようなどという発想そのものが出てこなかった。
だからこそ、今回の山川美貴からの誘いには照れくささを感じていた。
しかもだ。そんなに親しい間柄でもない。
じゃあ、どうして行くことになったのか?
哲司は、その辺りを自分でもきちんとは説明できない。
強いて言えば、龍平が強く誘ってきたからだ。
そうとしか言いようがなかった。
だからなのだ。
誕生日会に参加するための必携品である誕生日プレゼントについても、実質、その龍平の言葉に従っただけだ。
本当は、もっとお洒落なものが良いような気はするものの、さりとて、哲司の感性ではそうしたものがすぐに思いつくものでもない。
ましてや、何かを買うとなければ、やはり金が要る。
そんな余裕は、今の小遣いでは到底生み出せない。
しかも、今日聞いての今日だ。
龍平から「あれにしろ!」と言われなかったら、多分、今日の誘いは断っていただろう。
母親の両手が哲司の頭を揺さぶるように動く。
そして、仄かにだが、何やら爽やかな匂いが鼻先に漂ってくる。
「こ、これって・・・、こんなに匂いがするもの?」
初めての経験だから、哲司は少し不安になる。
こんな匂いをさせて行っても良いものなのだろうか?
そうした思いが口を突いて出た。
「う〜ん、これってスポーツ系の香りだからお似合いだろ?」
母親は手を動かしながら、鏡の中の哲司に言ってくる。
「じゃあ、今からセットするから、じっとしててよ。」
「せ、セット?」
母親は、結婚前は美容師だったらしい。
(つづく)