第7章 親と子のボーダーライン(その101)
「ああ・・・、つい最近、スーパーでお母さんと出会ったからね。」
母親は、如何にも安心したような顔でそう言ってくる。
哲司がどこの家に行くのかが分かったからだろう。
「じゃ、じゃあ・・・、ミィちゃんちのお母さんを知ってるんだ・・・。」
「もちろん知ってるよ。アメリカへ赴任されるとき、わざわざご挨拶に来られたもの。
覚えてない?
詳しいことは知らないけれど、あの子が大切にしていたハンカチを池に落としたのを、あんたが拾ったんだって・・・。
そのために、わざわざお礼を言いに来てくださったんだよ。」
「そ、そんな昔のこと・・・。」
「だ、だろうねぇ・・・。」
母親は、そう言って、そのまま台所へと入って行った。
その話をそれ以上するつもりはなかったようだ。
「そんなことより、それだったら、余計に宿題、早く片付けてしまいなさいよ。」
哲司が部屋に戻ろうとしたとき、母親がそう言葉を投げてくる。
それでも、いつもよりウキウキした気配があるのが哲司には不思議だった。
ようやく5時になった。
哲司は、時間がこれだけ遅々として進まないと思ったことはなかった。
何度、机の上の目覚まし時計を睨んだことか・・・。
いつものこの時間ならば、あっという間に過ぎる時間だ。
遊びに夢中になっていて、気が付いたら、教会の鐘が5時を知らせるように鳴っていた。
その教会の鐘が遠くに聞こえる。
(あと30分か・・・。)
哲司は溜息を付くように思う。
「哲ちゃん!」
台所から母親が呼ぶ声が聞こえる。
(な、何だよ・・・。)
そうは思いつつも、部屋を出てその声のするほうへと行く。
「はい。そこに着替えを出しておいたから、今からお風呂に入りなさい。」
「ええっ! ふ、風呂?」
「そ、そうよ。少なくとも、女の子の家におよばれに行くんでしょう?
だったら、汚れた顔で行くのはねぇ・・・。
だから、お風呂に入って、着替えをして・・・。
それが礼儀ってもんでしょう?」
「・・・・・・。」
哲司は、正直、この時点で風呂に入るなんてことは考えてもみなかった。
「どっちみち、カラスの行水なんだろうけれど・・・。ま、それでも、入らないよりはマシでしょう?
良いから、さっさと入りなさい。龍平君との約束に遅れるわよ。」
母親は、すべての事情を悟っているかのような口ぶりである。
「う〜ん・・・、わ、分かったよ・・・。」
哲司は出された着替えを持って風呂場へと向かった。
(つづく)