第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その8)
「いらっしゃいませ!こんにちわ。」
「ああっ!・・・・」
「うふふふ・・・。こんにちわ。」
コンビニに、またあの奈菜の姿があった。
哲司は、奈菜に駆け寄って話がしたかった。
だが、他の客や店員の目もあるから、さすがにそれは自重した。
いつものとおりカップ麺が陳列されている棚の前に立つ。
普段なら、どれを食べるか、に意識が集中しているから、ものの数分で買うものが決まる。
新製品などで、一度試しに食べてみようと思ったものについては、しっかりとその評価をしていたから、殆ど迷う事はなかった。
だが、今日は、その棚の前に立ったまま、何となくカップ麺のひとつに手が行ってはいるのだが、頭の中は何にも考えられていない。
ただ、ポケっとそこに突っ立っているだけの状態である。
後から来た客に
「あのう、ちょっとどいてもらってもいいですか?」
などと声を掛けられる始末だ。
日頃の哲司であれば、仮にそのような言い方をされたら、わざとそのままでいるだろう。
だが、そうした声にも素直に「うん」と言って、身体を寄せるだけになっている。
「いつから、戻ってきたんだろう?」
もちろん、奈菜のことである。
冬休みの途中で、何の理由も告げることもなく、奈菜はこの店のバイトを辞めてしまっていた。
しかも、あの一泊旅行の話も中途半端なままであった。
何かしら不都合があってのことだったら、仮にこの春休みにまたバイトをするにしても、同じ店は選ばないだろう。
それが、また、同じ店の同じバイトに戻ってきたのだ。
ということは、この店やこの店で知り合った哲司に対する嫌な拘りはないのだろうと思える。
そう思うだけで、哲司はここ3ヶ月ほど、忘れようと努力してきたあの日の出来事を、いとも簡単に元の位置に戻す事が出来る。
籠にカップ麺を14個入れて、それをレジで精算する。
いつもなら、店に入って出てくるまでの時間はたかだか3分ぐらいで済む。
それなのに、今日は、まだカップ麺の棚の前に突っ立っているだけで、既に10分が過ぎた。
「レジに行ったとき、どう言うのがいいのだろう?」
今は、カップ麺をどれにするかなどはどうでも良くなっていた。
遠くで聞こえる奈菜の声に、聞き耳を立てる哲司がそこにいた。
(つづく)