第7章 親と子のボーダーライン(その98)
哲司の家も、決して裕福とは言えないが、それでも父親が30代前半でマイホームを建てられたぐらいだから、そこそこのレベル。
それこそ父親が良く口にする「中流」なのだろうと思う。
父親は口癖のように言う。
「男だったら、やはり一国一城の主を目指せ」と。
それでも、聞いている哲司にはその真意は伝わらない。
単に「自分の城を持て」と言われているように感じていただけだ。
そんな哲司だったが、それでも一家の中心である男が自分の家を構えることの意義はそれなりに分かるような年代にはなっていた。
だからこそ、友達の家などに遊びに行くと、やはりその家の大きさや見栄えを多少なりとも意識するようになっていた。
哲司の家は建売だったらしい。
民間の大手不動産会社が、この辺り一帯に郊外型の住宅団地を造成した。
もちろん、注文住宅と称する個性的な家もあったが、その大半は一定の規格で建てられた家を見て買う建売住宅だった。
だから、この周囲には、よく似た家が多かった。
そのひとつを買ったものらしい。
哲司は、この家で生まれてこの家で育った。
つまりは、他の家に住んだ経験はない。
だからこそなのかもしれないが、自分の家が標準なのだと思っていた。
小さい頃。そう、幼稚園に行っている頃は、友達の家に遊びに行っても、そうした家の大きさなどには何の興味も関心も持たなかった。
だから、豪邸だと言われる龍平の家に行っても、何の感覚も持たなかった。
それでも、やはり小学校に行くようになると、何かに付け、他の子供と比較されることを身体が、そして心が覚えるようになってくる。
そうなると、家のことでも、そうした意識で見るようになる。
やはり、大きな家には「負けた」という意識が、そして逆に小さな家には「勝った」と思うようになる。
それは、決して自分の力ではない。
強いて言えば、親の力量である。
それが、その家の大きさや豪華さに現れる。
頭ではそう思うのだが、どうしてもそうした目で他人との比較をしてしまう哲司がいた。
(ミィちゃん、俺んちなんて、来ないだろうな・・・。)
哲司は、どうしてか、そんな飛躍した妄想に取り付かれる。
来てほしいような、それでいて、来てほしくはないような、複雑な気持なのだ。
そこには、山川美貴の家が、自分の家より相当に豪華で大きな家だろうとの前提があった。
アメリカに行っていたような家族なんだ。
それこそ、相当なお金持ちに違いない。
毎日学校へ着てくる洋服だって、美貴は他の子よりかなり良い物を着ている。
髪も毎日綺麗に梳かれていて、日々違うリボンで括っている。
とても、お洒落な子だ。
(つづく)