第7章 親と子のボーダーライン(その94)
「確か、あの笛、長さが30センチぐらいだったよな?」
龍平が、哲司に習いながら作ったときの光景を思い出すかのように言う。
「ああ、そんなもんだ。」
「だったらよ、家に、丁度良い物がある。後で持ってきてやるよ。」
「な、何だ?」
「後のお楽しみだ。それより、晩飯はいらないからって、ちゃんとおっかあに言っとけよ。」
「・・・・・・。」
「じゃあな、5時半、いつも公園だ。遅れるなよ。」
そう言って、龍平はもと来た道をまた駆け足で戻って行った。
龍平の家は、ひとつ手前の角を曲がって行くことになるからだ。
「うへぇ〜・・・。」
哲司は、龍平がその角を曲がって姿が見えなくなるまでその場に突っ立っていた。
あっという間の出来事だったが、そのあっという間に、結局はミィちゃんの家に行く事を了承させられた。
何か、そんな感じだった。
「まっ、いいか・・・。」
哲司の気持は、それでも幾分かは軽くなっていた。
いまだに、どうして自分が呼ばれるのかは釈然とはしないが、少なくとも龍平が一緒なのだ。
何とかなるだろう。そんな気がしていた。
「ただいまぁ〜!」
いつものとおり、哲司は玄関の引き戸を開ける。
ガラガラガラと音がするから、家のどこにいても、誰かがやって来たことが分かるほどだ。
鍵など、掛かってはいない。
「ああ、お帰り・・・。」
母親がそう言って迎えに出てくる。
いつものことだ。
母親は、そうして学校から帰ってきた哲司を迎えに出ることで、その日の学校での雰囲気を探っているようだった。
楽しんできたか、それとも叱られるような事があったのかどうか・・・。
そのためか、必ずと言っていいほど、しっかりと哲司の両目を見つめてくる。
そして、哲司と視線を合わせようとする。
「今日、宿題は?」
「う〜ん、ちょっとだけ・・・。」
「あら、珍しいのね。」
「・・・・・・。」
母親が「珍しい」と言ったのは、何も宿題が出されたらしいってことではない。
それを哲司が「ちょっとだけ」と認めたことをである。
哲司は、いつもは宿題があっても「ないよ」と言ってきた。
そう言わなければ、鞄を置いてすぐに遊びに出られなかったからだ。
それなのに、今日に限っては、「ちょっとだけ」と認めたのだ。
それだけでも、母親からすれば、いつもの哲司ではないと思えただろう。
(つづく)