第7章 親と子のボーダーライン(その92)
振り返ると、そこには息を切らせたような顔の龍平の姿があった。
「りゅ、龍平! い、痛いじゃねぇか・・・。」
「何が痛いだぁ? 約束が違うだろ?」
龍平が怒ったような顔で言う。
「や、約束?」
「ああ・・・、今夜は、ミィちゃんちに行くんだろ?」
「そ、そんな約束・・・。」
「してねえってか!」
龍平の顔はまさにマジに怒っている。しかも、相当にだ。
「だ、だって・・・。」
「だってもへったくれもあるか! 俺と一緒に行くって言ってたろ?」
「そ、そんなぁ・・・。」
哲司は明確に「行く」と答えたつもりはない。
「行かないとは言ってなかったろ?」
「そ、それは、そうだけれど・・・。」
「どうして、ミィちゃんに行かないと言った!」
龍平の言葉は、既に疑問符は付いていなかった。
明らかに哲司に対する叱責である。
「い、いや、それも・・・。」
哲司にすれば、それも明言したつもりではない。
単に、「どうしても行かなきゃ駄目か?」と問うただけだった。
それに対して、ミィちゃん、つまりは山川美貴が「分かった」と言っただけなのだ。
「つべこべ言わずに、今夜は俺に付き合え! 良いか!」
「・・・・・・。」
「な、なんだぁ、これでもまだ行かないつもりなのか?」
「そ、そう言われても・・・。」
「俺が頼んでるんだ。それでもか?」
龍平はそう凄んでみせる。
もちろん、腕力や体力では哲司は龍平に敵う筈はない。
それでも、そうして龍平が凄んでみせるのは、決して力ずくで決着を図ろうとするものではない。
それぐらいは分かっている哲司だ。
互いに、他の友達には感じない何かを感じているのだ。
それを盾に龍平がそう言っているのだ。
「わ、分かったよ・・・。行きゃあ良いんだろ?」
哲司は、行く覚悟を決める。
そこまでこの龍平に真剣に迫られては、それ以外の選択肢はないように思えたからだ。
哲司にとっても、どうしても失いたくない友達がこの龍平である。
「よ〜し!!! それで良い。じゃあな、5時半に、いつもの公園でだ。
そこで待っててやるよ。ひとりじゃ行きにくいだろ?
それと、例の竹笛、忘れるなよ。」
龍平は、一転して苦笑いを浮かべながらそう言ってくる。
(つづく)