第7章 親と子のボーダーライン(その85)
普段は、廊下に誰がいようとそんなに気にする哲司ではない。
だが、今回は違う。
「廊下かグランドかは分からないが・・・。」と龍平が言っている。
そこに、ミィちゃん、つまりは山川美貴がいなければ、待望のテレビゲームが手に入るのだ。
さすがに、周囲にいる人間の顔に視線を向ける。
「何をキョロキョロしてる?」
龍平は、そうする哲司を面白そうに茶化して言う。
「べ、別に・・・。ここにはいねえだろ?」
「あははは・・・。勝負はこれからだ。」
龍平はずんずんと廊下を歩いていく。
そして、グランドへと通じる出入り口の前で突然に止まった。
「さあ、問題はこの辺りからだな。」
龍平が後ろを行く哲司に言う。
どうしてなのか、やけに自信たっぷりなのだ。
「ん?」
そうされると、哲司もいささか不安になる。
まさか、ふたりがトイレから戻ってくるのを、山川美貴が待っている筈は無い。
特にそうされる理由も無いし・・・。
そうは思うのだが、龍平の自信に溢れた態度をみると、どうしてか落ち着かなくなる。
『危ない! 飛び出るな!』
そう書いた紙が貼ってある。
龍平がその紙を指差しながら、ゆっくりとグランドへと出て行く。
そして、その後ろを哲司が行く。
「体育、サッカーだったのね。」
いきなりだった。
グランドに出た途端に、背後からそう声が掛かった。
「ええっっっっ! ・・・・・・・・・。」
哲司は、それ以上の言葉が出なかった。
で、振り返る。
もう、その時には、その声が誰のものなのかは意識していた。
振り返ると、そこには校舎に背を凭れ掛けた姿勢の美貴がいた。
「じゃあな。俺、先にグランドに行ってるから・・・。」
龍平は、呼び止められたのは自分では無いからとでも言いたげに言う。
そして、そう言う顔はにこやかに笑っていた。
「お、おい! ちょ、ちょっと待てよ・・・。」
「良いじゃない?」
「な、何が・・・。」
「あれでも、気を利かせてくれたんだし・・・。」
「ん?」
哲司は、美貴が言った言葉の意味が分からない。
そんな繊細な話じゃあないだろうと思う。
「ねぇ、哲ちゃんは、今夜予定あるの?」
美貴は、離れていく龍平の後ろ姿に視線を向けたままで訊いて来る。
(つづく)