第7章 親と子のボーダーライン(その79)
「だ、だけどな・・・。どうしてそんな格好をしてるかってミィちゃんのママに聞いたときには、俺、ミィちゃんが可哀想になった・・・。」
龍平は、一転真面目な顔でそう付け加えてくる。
「ん? ど、どういうこと?」
哲司は、龍平の顔が変わったことのほうが不思議だった。
「やっぱし、イジメってあるらしくってな・・・。
ジャパンバッシングってことでも無いんだろうけれど・・・。」
「イジメ? で、でも・・・、日本人ばっかしの学校に行ってたんだろ?」
「それはそうらしいけど、だからって、1日中その学校にだけいるわけじゃないし・・・。
それに、アメリカに行ったときには英語がまったく話せなかったから、ひとりでどこかへ行くことも出来なかったらしい。
それに・・・。」
「それに?」
「学校としても、アメリカ社会に溶け込む努力をするようにって教えるらしいんだ。
だから、まずは英語が話せるようにって・・・。」
「え、英語か・・・。」
哲司には、新たな言葉を覚えなければならないという現実がピンと来ない。
学校で、新たな科目が新設されたような気分だ。
「で、ミィちゃんのパパは自分のときの経験で、現地の子供が通うスイミングスクールにミィちゃんを入れたんだそうだ。」
「い、いきなり?」
「ああ・・・。子供は環境に順応する能力があるからってことらしい・・・。
何しろ、ミィちゃんのパパも子供の頃にイギリスへ行ってたらしいから・・・。
そこで、乗馬クラブに入ったんだって。
で、子供同士の中で言葉や現地の習慣を覚えたらしい。
それと同じことを、ミィちゃんにも・・・ってことなんだろう。」
「た、たまらんねぇ・・・。」
哲司は、自分ならば到底やれないだろうと思う。
どうして、親の都合で、子供がそんなに辛い目に会わなきゃ行けないんだとも思う。
そして、「親は身勝手なもの」だと思う。
「だから、ミィちゃんは、最初は泣いて行きたがなかったそうだ。」
「そ、そりゃあ、そうなるよなぁ・・・。俺だって嫌だもの・・・。」
哲司は、その時のミィちゃん、つまりは山川美貴の気持が痛いほどに分かる。いや、分かるつもりだった。
「ミィちゃんのママも、その姿を見るのは辛かったと言ってた・・・。」
「だ、だったら、無理して行かせなくってもいいんじゃねぇのか?」
「そこなんだよなぁ・・・。
ママも英語が話せなかったそうだ。で、日本語が話せる家政婦さんに来てもらっているって・・・。」
「だ、だろ? 大人ってのはずるいよな。自分にはそうして通訳をつけておいて、子供には自分で英語を覚えろって言うんだから・・・。」
哲司は、自分の両親の顔を思い浮かべながらそう言う。
(つづく)