第7章 親と子のボーダーライン(その77)
「あの子、いつも可愛い洋服を着ててさ・・・。おまけに、顔も可愛かったし・・・。
幼稚園のマドンナだったんだ。
どっちみち、哲司は覚えてないんだろうけれど・・・。」
龍平は、もう哲司に幼稚園時代の事を思い出せとは言わなかった。
無理だと悟ったようだった。
「そ、それで?」
「哲司は、いつもミィちゃんの後ろを追っかけてたんだぜ。」
「お、俺が?」
「そ、そうだよ。」
「記憶に無い。」
「でさ、幼稚園の頃ってさ、好きな女の子にはわざと悪戯を仕掛けるもんだろ?」
「俺もそうだったってこと?」
「ああ・・・、典型的なタイプだった。
ミィちゃんが蛙が苦手なのを知っていて、わざと蛙を持ってくる。
前の日に田んぼで捕まえた奴を鞄に入れてくる。」
「・・・・・・。」
「一番酷かったのは、その蛙をミィちゃんの弁当の包みの中に入れたってことだ。」
「そ、そんなことを?」
「ああ・・・。覚えてないんだろ?」
「そ、それはそうだけど・・・。それにしても、かなりエグイことを・・・。」
「今頃、反省してどうする?」
「だったら、相当に嫌われてたんだろうな?」
「そ、そうだ。そのハンカチ事件があるまではな。」
「ん?」
「最後の最後で、お前は、逆転サヨナラホームランをかっ飛ばしたんだ。」
「ど、どういうこと?」
「あのハンカチ、つまりは池に落としたハンカチは、近々アメリカに行くことになっていたミィちゃんに、大好きなお婆ちゃんが自分で1枚1枚作ってくれたものだったそうだ。
お婆ちゃんのことを忘れないでねってさ・・・。」
「・・・・・・。」
「その1枚をさ、まだ日本から離れもしないうちに池に落としてしまって・・・。
ミィちゃん、自分の靴や靴下が濡れたのは気にならなかったそうだが、あのハンカチだけはどうしても取り戻したかったんだ。
それをさ、お前が池にずぶずぶと入って行って取って来たんだ。」
「・・・・・・。」
「ミィちゃんにしたら、感動もんだったらしいぜ。
家に帰ってから、お前の話ばかりをしていたってことだ。」
「へぇ〜・・・、そんなことが・・・。」
「だから、ミィちゃんにしたら、アメリカに行ってからも、お前の事は忘れなかったらしいぜ。」
「・・・・・・。」
「それで、日本に戻ってきて、この学校に編入されて、お前の名前を聞いたとき、ほんとびっくりしたそうだ。
ま、互いに、あれから大きくなってしまってるから、イメージは少し違ったようだったけどな・・・。」
龍平は、そう言ってにこりと笑った。
(つづく)