第7章 親と子のボーダーライン(その75)
「ん? そ、それって、どういうこと?」
哲司は、蛇口から流れ出てくる水に口を晒したままで訊く。
意識して、顔を上げない。
「そのまんまだよ。確かに伝えたぜ。」
龍平はそれだけを言って、またグランドに戻っていこうとする。
「お、おい! ちょ、ちょっと待てよ! 龍平!」
哲司が呼び止める。
だが、龍平はそれが聞こえないかのように、そのまま振り返りもしない。
「待てったら・・・。」
哲司は水道の蛇口を捻って止めてから、龍平の後を追う。
龍平は校庭の脇に立っている大きな木の下に腰を下した。
そこで、少し休憩を取るつもりのようだった。
哲司も、ゆっくりとした歩みでその横へと腰を下す。
「なぁ、マジで覚えてなかったのか? ミィちゃんのこと。」
龍平が訊く。
その目はグランドを睨んだままだ。
「ああ・・・。さっきそう言われてから思い出そうとしたけれど・・・。」
「そ、そっか・・・。」
「で、でもさ、あの子って、ひとつ上なんだろ?」
「ああ、だから、幼稚園の時には年長組だった。」
「だろ? 組も違うし・・・。」
哲司は探りを入れるように言う。
だから、そんなに親しくはならないだろうとの思いがある。
「確か、6月だったと思う。」
「な、何が?」
「ミィちゃん、つまりは山川美貴がアメリカに行くことになったのは・・・。」
「よ、よく覚えてるもんだなぁ・・・。」
「ああ・・・、俺は、本当は頭が良いんだ。」
「う、嘘をつけ?」
互いに笑って言い合う。
「幼稚園全体でアジサイの花を見に行ったんだ。」
「どこへ?」
「どこへかは忘れた。」
「それ見ろ。俺と同じじゃんか。」
「それが、ミィちゃんのお別れ会を兼ねてたんだ。」
「・・・・・・。」
そこまで言われても、哲司にはそうした記憶はなかった。
「そこで、ある事件が起きてさ・・・。」
「事件?」
哲司は、龍平の顔を覗き込むようにする。
どうしてか、自分が何かをやらかしたように思えたからだ。
(つづく)