第7章 親と子のボーダーライン(その71)
それを見た担任が微笑んだ。
そして、「礼」、「着席」の儀式が続いた。
それからというもの、哲司は、授業がどのように進められたのかまったく記憶がないほどだった。
今までは、単純に、アメリカから帰ってきたへんてこりんな日本語を話すちょっと可愛い女の子だと思っていただけの山川美貴。
それが、何と、こともあろうに同じ幼稚園に通っていた子だったという。
しかも、「ミィちゃん」と呼ばれていたらしい。
おまけに「私のことを覚えてなかったのね」とまで言われたのだ。
(マジか?)
哲司には、どうしてもそうした一連の話がすぐには飲み込めない。
改めて横に座っている美貴の顔をマジマジと見つめるが、そうした顔にも見覚えはない。
(ま、まさか、この美貴と龍平が組んで、俺を騙そうとしている?
そ、そんなことは・・・。)
それは、ないだろうと思いはする。
それなりにでっかくはなってきたものの、まだ互いに小学生だ。
そんな大人のような嘘を付いても、何にも得をしないだろう。
それでも、どれだけ考えても、この美貴があの幼稚園にいた事実を思い出せない。
いや、極端なことを言えば、幼稚園での出来事そのものが殆ど記憶から失せてしまっていた。
それに、この美貴だって、今の顔のままで幼稚園に通っていた筈も無い。
もっと子供子供していた筈だ。
そうなれば、余計に思い出せない。
その日の給食のときだった。
美貴が言ってくる。
「哲ちゃんは、龍ちゃんと親友なの?」
「し、親友? ・・・・・・。」
哲司は、即答できなかった。
確かに、龍平とは、幼稚園時代からの遊び友達ではある。
ひとつには家が近かったこともあるし、もうひとつには、互いに放課後の時間を自由に動ける立場にあったことも共通していたからだ。
他の子は、その殆どが塾や習い事をしていたようで、学校が終わると、皆、それぞれ行くところがあったようだ。
で、結果として、家の近所で常に遊べる相手と言えば龍平となっただけだ。
よくふたりだけで遊んだものだった。
しかも、あまり褒められない遊びだった。
それでも、そうして改めて「ふたりは親友か?」と問われると、答えるのに窮する。
小学校に入ってからは、ふたりはいつも別のクラスだった。
だから、学校では殆ど一緒に行動することはなかった。
それでも、放課後は、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、いつもの公園にふらりとやってくる。
そして、一緒に行動をする。
そんな間柄だった。
(つづく)