第7章 親と子のボーダーライン(その67)
「帰国子女のことか?」
龍平が哲司の脇腹を肘で突っつくようにして言う。
「な、何だぁ? その帰国なんとかってのは?」
「惚けやがって・・・。」
「と、惚けちゃあいねぇ。」
「噂になってるぜ。」
「うわさ? 何のことだ?」
「アメリカ帰りの美人に纏わりつかれてるってな。」
「ん? ああ・・・、美貴って子のことな?」
「ほら、やっぱ、当たってる?」
「変な日本語を話すやつでさ・・・。」
「可愛い顔してるんじゃねえのか?」
「そ、そんなこともない・・・。」
「顔には、可愛い子だって書いてるぜ?」
「そんなことはねぇって言ってるだろ?
ただ、担任から、教科書が来るまで、見せてやってくれって頼まれただけだ。
俺から行ったんじゃねぇからな。」
「ほうほう、それでも、その子から追い掛けられてるって噂だぜ。
手ぐらいは握ったんか?」
「ば、馬鹿を言え! そんな奴じゃねえよ。」
「で、でもよ。お前があの景山と一戦を交えようってんだから、その子が絡んでるんじゃねえのか?」
「ど、どうしてそうなる?」
「そうでもなきゃ、お前があんな奴に追っかけられるようなヘマはしねえだろ?
そう思っただけだ。」
「美貴も馬鹿な奴でさ・・・。」
「ん?」
「景山が間違ったのを、皆の前ではっきりと指摘しやがった。」
「ほう・・・、度胸がある。」
「度胸? そんなもんじゃねえ。知らねえだけだ。そんなことをしたらどうなるかを。」
「ははあん・・・。で、哲司がしゃしゃり出たってことか?」
「ま、まあな・・・。」
「良いとこあるじゃん!」
龍平は、そう言って哲司の背中をドンと叩いた。
「分かったぜ。 何かあったら、言ってきな。」
「いや、こうして龍平が呼び止めてくれただけで十分だ。
龍平は、6年生でも怖がるぐらいだからな。
その証拠に、あの景山があそこで静かに待ってる。」
「いや、あいつのことだ。結構執念深いからな。気をつけろ。
頭は哲司ほどにゃあ回転しねぇが、腕力だけは、俺と互角かも知れねぇしよ。」
「わ、わかった。じゃあ、そろそろ行くかな?」
「いや、もう少しこのままでいた方が良いんじゃねえのか?
まだ、景山の頭から湯気が出てる。大分醒めたようだけど・・・。」
龍平は、その時になって初めて廊下で哲司を待ち受けている景山を睨むようにした。
その視線は、凍るほどに冷たく感じる。
(つづく)