第7章 親と子のボーダーライン(その64)
2時限目の終了を告げるチャイムが鳴る。
「どうですか? 皆さん、出来ましたか?」
担任が教壇に戻ってクラスに問う。
だが、誰も明確に答えない。
「う〜ん、まだ時間が要るよって人は手を挙げて。」
哲司も、こういうときには手を挙げる。
「はい、分かりました。では、このプリント。今日の宿題にしておきます。
ええっと・・・、明日も算数の時間がありますから、その時に提出してもらいますね。」
担任のこの言葉で、その授業が終わった。
「起立」「礼」「着席」の儀式があって、担任が教室を出て行った。
「おい、山川よう。」
担任が出て行くのを待っていたかのように、美貴にそう声を掛けてくる子がいた。
そう、あの景山だった。
既に、美貴のすぐ傍に立っていた。
「えっ! はい! な、何ですか?」
声を掛けられた美貴が構えるようにする。
何しろ、景山は160センチぐらいの馬鹿でかい奴だ。
身体つきだけで言えば、既に大人だ。
「いいから、ちょっと、顔貸せや。」
そう言って、美貴を廊下へと連れて出ようとする。
美貴が困った顔をした。
そして、哲司に助けを求めるような視線を送る。
「ジャイアン。何か言いたいことがあるんだったら、ここで言えよ。」
哲司が椅子に座ったままで言う。
ジャイアンとは、景山のあだ名である。
そう、漫画のキャラクターの名前だ。
身体つきが似ているのと、その性格から、そうしたあだ名が自然と付いた。
それでも、そのあだ名を本人に向かって言うのは危険だった。
怒らせるだけだ。
「な、何! 今、何て言った!」
案の定だ。景山が今にも哲司に掴みかかろうとする。
「だから、言いたいことがあるんだったら、ここで言えばって・・・。」
哲司は、素早く椅子から離れた。
そして、机を挟むようにして距離を取って、涼しい顔で同じ言葉を繰り返す。
「そ、その前に、何て言った!」
「ジャイアンって・・・。」
哲司は、改めてその怒りの原因となっているあだ名を繰り返す。
意識をしてのことだ。
「な、何だと! 馬鹿にしやがって!」
景山の怒りに火が付いた。
(つづく)