第7章 親と子のボーダーライン(その63)
(てへっ! 不味いとこ、見られたなぁ・・・。)
哲司は気持の中で舌を出した。
いや、現実にも、その唇の間から舌が出ていたかもしれない。
それでも、決して怒られるという感覚はなかった。
これが1年2年の時の担任だったら、きっと教室の後ろか、あるいは最悪は廊下に立たされただろう。
それだけ厳しい担任だった。
比較的数の少ない男性教師だった。
クラスの秩序を守るためには、大声でも出すタイプだった。
だが、3年から担任となった今の教師は、哲司の性格を見抜いていたようで、男性教師のときにあったような激突する場面は一切なかった。
何となく、うまくかわされている。うまく遊ばされている。
そんな感じがしていた。
叱るより褒めることで求心力を維持するタイプのようだった。
担任は、離れ際に、哲司の頭に手をやった。
もちろん、頭を撫でてくれる筈もないのだが、さりとて頭を叩かれたという感じではない。
ただ、その手は、握り拳だった。
「うふっ! 叱られたわね。」
担任が前の席に移動してから、美貴が小声で言ってくる。
美貴も、あの漫画のような似顔絵を見たのだろう。
皮肉を言っているという感じではない。
それでも、どこかに嫉妬するような雰囲気があった。
「良いから、黙ってプリントやれよ。」
哲司は、その視線が眩しく思えて、そう言った。
「哲ちゃんもね・・・。」
美貴はすぐさまそう返して来る。
「・・・・・・。」
哲司は、言葉が出なかった。
いや、出さなかった。
本音は、「くそっ! また、そんな呼び方をしやがって・・・」と思ったからだ。
哲司は、男の子から「哲ちゃん」と呼ばれることには抵抗が無い。
現に、今のクラスでも、大半の男の子はそう呼んでくる。
だが、女の子は違った。
どうしてなのかは知らないが、まるでそうした約束事があるかのように「巽君」と苗字で呼んでくる。
ま、もちろん、そうそう声を掛けられるわけでもないのだが・・・。
それなのに、この美貴は突然変異でも起こしたかのようにいきなり、何の前触れもなく、「哲ちゃん」と気安く呼んでくる。
別に、法律違反とか、校則違反だとは思わないが、「どうしてお前だけがそう呼ぶ?」という単純な疑問があった。
難しそうな顔をしてプリントに向き合う美貴の横顔を見て、哲司は、どうにも尻の辺りがくすぐったくなるのを感じていた。
(つづく)