第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その4)
それからである。
特別に、何かが欲しいというのでもないのに、哲司はそのコンビニに顔を出すようになった。
最初は、店長からもらった「おにぎり半額券」があったから、それがひとつの目的だった。
だが、そうして顔を出すうちに、あの新人の女の子、つまり奈菜と少しずつ会話をするようになる。
「今日は天気がいいねぇ。」
「何時から何時までがバイトなの?」
「何してる子?」
「あ、そうなんだ。高校生か。」
「進学するの?それとも就職?」
「兄弟はいるの?」
「恋人はいるの?」
いずれも、そうしたたった一言だけの話をしている。
それでも、毎日のように行くと、その話が次第に繋がってくるものだ。
名前は付けている名札から「田崎」と言う苗字だとはすぐに分ったが、下の名前はなかなか聞き出せなかった。
だが、あるとき、店長が彼女を呼んだ。
「ナナちゃん、ちょっと表を掃除して欲しいんだけれど・・・。」
それは、哲司が店にいたときだった。
週刊誌の棚のところで、立ち読みをしていたときだった。
「君、ナナっていう名前なの?」
またカップ麺を買った時、レジでそう訊く。
「はい、でも数字のナナではないですよ。」
彼女はそう言って笑った。
例の釣銭事件があってから、人間的には信用されていたようだった。
「だったら、どんな字を書くの?」
哲司は思い切って訊く。
「奈良の奈に、菜の花の菜です。それでななと読むんです。
あまり好きな名前じゃないんですけれど。」
彼女はそう言ってくすっと笑った。
哲司は、そう言われても、すぐにはその字が思い浮かばなかった。
レジを済ませて、表に出てから、ゆっくりと考える。
それでようやく「奈菜」という字に思い至る。
「そうか、田崎奈菜か・・・・。」
何となく眩しく感じられる。
「あんな子が彼女だったらどんなにいいだろう。」
哲司は、そのとき初めて、奈菜を恋の対象として意識したのだった。
「恋人はいないって言ってたよな。
でも、それは嘘かもしれない。
女の子は、そうしたことは、なかなか本当のことは言わないものだから。」
哲司の恋が始まった瞬間である。
(つづく)