第7章 親と子のボーダーライン(その57)
哲司は、その担任と景山のやり取りを聞きながら、自分のノートと黒板を見比べるようにする。
滅多としない行動だが、こうなれば、果然興味が沸いてくる。
美貴も担任も、問題自体が宿題とは違っていると言っている。
で、哲司は、ノートに書かれた宿題の問題を確認する。
第4問である。
ノートには、『384÷12=』と書いてある。
もちろん、哲司はその解答は出来ていない。空欄のままだ。
で、今度は黒板を見る。
あの乱雑ででっかい文字だ。
『348÷12=29』とある。
(ん? どこが違う? ・・・ ああっ! ・・・ そうか。)
哲司は、その違いにようやっと気が付いた。
“384”と“348”の違いだ。
つまり、数字がひっくり返っているのだ。
(だったら・・・、答えは?)
哲司は、それが分からない。自分では計算出来ない。
黒板に景山が書いた『29』という答え。
それは、宿題の『384÷12=』の答えなのか、それとも黒板に書かれた『348÷12=』の答えなのかである。
で、顔を動かさないようにして、隣の美貴のノートを盗み見る。
そう、カンニングをするときの要領である。
これが、普通の状態ならば、なかなか高度なテクニックが要る。
だが、今は、美貴の机は哲司の机とくっついている。
盗み見るのに、さほどの苦労はない。
(ん! どうやら、宿題の正解は『32』らしいな。)
哲司はそう思った。
美貴のノートにそう書いてあったからだ。
(て、ことはだ・・・。)
それでも、哲司には、その先が思い浮かばない。
「ねぇ・・・。」
哲司が美貴の肘を突っつく。
これまた珍しい行動である。
出来るだけ美貴とは関わらないようにしてきたのに、今回だけはそうも行かなくなった。
「な、何?」
美貴も他に聞こえないように小さな声で答えてくる。
「あの黒板どおりの問題だったら、あの答えはあれで合ってるの?」
哲司は今回だけは下手に出る。
「う、うん、そうね。で、でも・・・、問題が違ってるし・・・。」
美貴は、どうしてそのようなことを聞かれるのかが分からないとでも言いたげにする。
(つづく)