第7章 親と子のボーダーライン(その51)
ほどなくチャイムが鳴って、担任が教室にやってくる。
担任は、教壇に上がってから、真っ先に美貴の方に視線を向けた。
いや、哲司がそう感じただけかもしれない。
「2時限目は算数ですね。ええっと・・・、確か、割り算の宿題を出していましたよね。」
どうした訳か、担任自身がどことなく浮ついた顔をしている。
いつものシャープさがない。
「では、早速ですが、それを前に来て書いてもらいましょう。
書ける人は、手を挙げて・・・。」
担任は、そう言って、改めて教室内を見渡すようにする。
何人かが手を挙げたようだ。
哲司の視界の中でも、数人の手が挙がっている。
哲司は、その視線を横の美貴に向けた。
(あれ? 手、挙げないの?)
予想に反して、美貴は、今回は手を挙げてはいなかった。
哲司がノートを見る。
出されていた宿題の問題が、そこには書かれていた。
もちろん、解答は空欄のままだ。
以前なら、そんな解けそうも無い宿題は、例え出されたとしてもノートに書くようなことはしなかった。
どうせ出来ないんだから、問題を書いて帰っても・・・。
そんな気持があったからだ。
無駄な抵抗だと思っていた。
だが、こうして美貴と机をくっつけることになってからは、そうも行かなくなった。
兎に角、美貴が煩いのだ。
「宿題なんだから、ちゃんとノートに書き写して・・・。」
そう強要して来る。
無視をしていると、美貴が勝手に哲司のノートを取り上げて、そこに宿題の問題を書き写してくる。
さすがに、そこまでされるのはカッコウが悪い。
で、しぶしぶ、言われると書くようになった。
今回の宿題も、そうした理由で、一応書くだけは書いてあった。
全部で10問だ。
担任が黒板に出題して、それをノートに書き写して解答する。
それが宿題だった。
(そっか! 美貴は、このうち2問が解けなかったと言ってた。だからなのか・・・。)
哲司は、美貴が今回手を挙げていないことを、そう捉えていた。
手を挙げても、万一、その解けていない問題に当たれば恥をかく。
そう思ったから手を挙げていないのだと勝手に思い込んだ。
それにしても・・・。
哲司は、ふと、そう思う。
宿題は10問ある。
だったら、担任も、その問い方を考えるべきだろう。
「まずは1問目。これが出来る人?」
そのように、問題を指定して問いかけるべきなんじゃないか。
(つづく)