第7章 親と子のボーダーライン(その42)
「いちいち煩い奴だなぁ〜。」
哲司は、後ろから来る美貴の顔を見ないでそう呟く。
いわば、それが本音だ。
今風に言えば、まさに「ウザイ」存在である。
哲司は、両手を半ズボンのポケットに突っ込んで歩く。
そうすることによって、濡れた手が、そのポケットの布地で拭き取れるからだ。
いつもそうしている。
半ズボンの後ろポケット、つまりはお尻の部分にあるポケットにはハンカチが入っている。
それは分かっている。
それでも、それは使わない。
どうしてか。
それは、予告なしに実施される「衛生検査」というものに対処するためだ。
「ハンカチは持っているか。それは綺麗か。爪は伸びていないか。」
そうしたチェックが突然にある。
だから、ハンカチを使えば、その翌日にはまた新たなハンカチを持ってこなければ、「綺麗なハンカチ」というチェックに引っかかる。
それが邪魔臭いから、ハンカチはポケットに入れたままで使わない。
そうすれば、いつ検査があってもクリアできる。
そう考えていたからだ。
「は、はい・・・、これで手を拭いて・・・。」
それでも美貴は後ろからそう言ってくる。
そして、斜め後ろから手を伸ばすようにして、ハンカチを哲司に渡そうとする。
「ハンカチぐらい、持ってるから・・・。」
哲司はそう言って美貴を振り切る。
そして、教室に入る。
それでも、そのすぐ後ろを美貴が行く。
ふたりは教室の後ろの出入り口から入ったから、何人かの席の間を通って自分の席に行くことになる。
(げっ! ・・・・・・。こう見えてるのか・・・。)
哲司は、初めて自分の席の状況を後ろから見た思いがする。
そうなのだ。
担任の指示とは言え、美貴の机が哲司の机にピタッとくっつけられている。
当の本人はそれほどまでに意識はしなかったが、こうして後ろから見ると、美貴の机だけが通路を塞ぐようにしているのだ。
そこにふたりが座った姿をイメージしてみると、それだけで背筋に何かが走る。
「はい。これここに置いておきますから・・・。」
席に座って直ぐに、美貴が哲司の机の上にハンカチを乗せてくる。
もう自分では手渡さないつもりのようだ。
哲司が取りやすい位置にハンカチを置く。
女の子らしい、ピンク色の可愛げなハンカチである。
(つづく)