第7章 親と子のボーダーライン(その41)
「な、なんで・・・、邪魔なんかした?」
哲司は、口を尖がらせるようにして言う。
さきほど、いきなりコートに入ってこられたことを言っている。
「だ、だって・・・。お洋服が汚れてたし・・・。」
美貴は、そう言い訳をする。
あの時には、それが当然とでも言うような顔をしていたが、今はどうやら、「余計なことをした・・・」との感覚があるようだ。
きっと、周囲の誰かに教えられたのだろう。
「で、でも・・・、ごめんなさい。もうしませんから・・・。」
美貴はそう言って小さく頭を下げた。
そう、あのどこかおかしいイントネーションでだ。
その仕草が可愛く見える哲司だった。
「わ、分かりゃあいいけど・・・。」
哲司も、そこまで言われると、もう何も言えない。
黙って、運動場から校舎に入る動線上にある手洗い場でざっと手を洗う。
手に付いた泥や埃を洗い流すためだ。
後ろを付いてきた美貴が倣うようにする。
哲司は、それこそ、ざっと洗うだけだ。
洗うと言うより、蛇口から出てくる水道水に手を晒したという感じで、直ぐに水を止める。
「も、もうちょっと、ちゃんと洗ってください。石鹸もあるんだし・・・。」
美貴が、哲司の動きを見てそう言う。
「そ、そんなこと・・・。」
哲司は、正直、むっ!とする。
なんで、この転入生にいちいちそんなことを言われなきゃならないんだ。
そう思うからだ。
だが、そこからが、自分でも説明できない動きになる。
哲司は、改めて蛇口を捻って、石鹸を両手で擦るようにして、それから改めて水道水に手を晒した。
そして、そこでも、両手を擦るようにして洗う。
「は、はい・・・。ハンケチ。」
それを見ていた美貴が、嬉しそうにして自分のハンカチを哲司に差し出してくる。
さすがに、哲司はそれだけは無視をする。
他の子が同じようにしてそこで手を洗っていたからだ。
男の子が女の子からハンカチを借りる。
そんなカッコの悪い事が出来るか!
そう思う。
哲司は、濡れた両手を振るようにして水気を飛ばす。
いつもどおりのことだ。
いちいちハンカチなんか使ってられない。
「だ、駄目です。そんなことしたら・・・。」
校舎に向かって歩き出した哲司を、美貴がそう言って追いかけてくる。
(つづく)