第7章 親と子のボーダーライン(その37)
「な、何・・・って・・・。」
哲司は、口の中でモゴモゴ呟く。
何かを言わなければ・・・、とは思うのだが、それが言葉になって出てこない。
「仲良くね。」
担任は、美貴の言葉を復唱するかのように言ってから、教室を出てしまう。
その後姿に「しめた!」とほくそえむ顔が浮かぶ。
「ほら、先生も、同じことを・・・。」
美貴はわが意を得たりという顔をする。
で、給食を食べるときに拡げたナプキンなどを丁寧に畳んで、準備してきたビニール袋に使った箸とスプーンを入れ、それをこれまた丁寧に鞄の中へと収納する。
哲司は、呆れた顔で、その美貴がすることを眺めていた。
「はい、これを片付けないと・・・。」
美貴が哲司の机の上を片付けようとする。
散らかったままだった。
「い、いいよ! 自分でやるから、ほっといてくれ!」
哲司は、その美貴の手を振り払うようにする。
「わ、私が片付けては駄目ですか?」
美貴が怪訝な顔をする。
それでも、一旦は引っ込めた手を再び伸ばしてくる。
哲司の箸を箸箱に入れ、拡げていたタオル地のナプキンを綺麗に畳んでから、哲司の給食袋にそれを入れる。
「わぁ! これ、とても可愛い! お母様のお手製ですか?」
美貴が哲司の給食袋を手にしてそう言った。
確かに、小学校入学時に母親が作ったものだった。
花のアップリケが付いていた。
「ふん!」
「うふっ! 照れてますか?」
不機嫌そうな哲司に対して、美貴はあくまでも自分のペースでことを運ぶ。
と、その時だった。
美貴の隣に座っていた岸部悠子が美貴の背中をトントンと叩いた。
「はい、何ですか?」
「・・・・・・。」
振り向いた美貴に対して、悠子は黙ったままで首を何度か横に振る。
「それ以上は駄目よ」とでも言いたげにだ。
「ん?」
美貴が首を傾げる。
もちろん、悠子の仕草の意味が通じないからだろう。
悠子がその場を離れて、教壇の方に行く。そして、美貴を手招きする。
女の子が内緒話をするときによく使う手だ。
(つづく)