第7章 親と子のボーダーライン(その36)
「ど、どうして?」
哲司が即座にそう反応する。
それこそ、どうして? なのだ。
「駄目ですか?」
美貴が困った顔をした。
「女の子と遊べば?」
哲司は、周囲を見渡してそう言う。
誰か、この子の面倒を見てやってくれないか。
そんな思いでだ。
だが、既に、周囲には女子の姿が殆どいなかった。
もともと、哲司の近くには女子は近寄らない。
決して暴力を振るうわけではないが、何しろ身勝手なのだ。
言葉遣いも乱暴で、相手を労ることなどしない。
勉強はしないで、遊ぶ事ばかりを考えている。
少なくとも、周囲からはそう見られていたからだ。
それこそ、「触らぬ神に・・・」という感じだ。
「どうして、そんなことを言うのです? 私のことが嫌いですか?」
美貴が例のおかしなイントネーションで訊いてくる。
「前の学校では、男女が仲良く遊ぶように言われましたよ。」
言い間違えないようにと思うのか、美貴はゆっくりとした口調でそうも言ってくる。
「・・・・・・。」
哲司は何かを言おうと口を開けた筈だったが、どうしてか、その準備した言葉がどこかへ消えてしまう。
したがって、ポカンと口が開いたままで固まってしまうようになる。
「嫌いですか?」と問われたのも生まれて初めてならば、「男女が仲良く遊ぶように」との説教を同級生からされたことも初めてだった。
そ、その時だった。
哲司の視界の端に、担任が教室から出て行く姿が捉えられた。
「せ、先生!」
哲司が思わずそう声をあげる。
「ん? 何?」
担任が動きを止めて、振り返ってくる。
声を掛けたのが巽哲司であることを承知しているような振り返り方だった。
その顔が、微妙に微笑んでいる。
「・・・・・・。」
だが、哲司の口からは、これまた次の言葉が出てこない。
とっさに、担任をこの教室から出してしまいたくないとの思いで声を掛けたのだが、その後のことは何も考えていなかった。
いつもの哲司らしさがそこにあった。
(つづく)