第7章 親と子のボーダーライン(その32)
和田が机を押してくる。
そして、今まで浅野が座っていた空間にその机を押し込んでくる。
「はい、じゃあ、山川さんはそこに座って。」
担任はそう言って、山川美貴の背中を押した。
「ああ・・・、それからと・・・。」
担任は、一旦は教壇に戻り掛けた身体を反転させる。
そして、山川美貴を挟んだ両側の席を見比べるようにする。
ひとりは哲司であり、もうひとりは岸部悠子という女の子だった。
「山川さん、教科書がないので・・・、そうね、巽君、見せてあげて・・・。」
担任は、いとも簡単にそう決める。
(おい! マジかよ? どうして、そうなるわけ?)
哲司は、担任の言葉に耳を疑った。
反対側の隣には、女の子が座っている。
だったら、当然に、女の子同士で、そちらに頼むべきじゃないのか?
哲司はそう思った。
何かを言おうと、哲司は口をモゴモゴさせる。
だが、その瞬間、これまた耳を疑う言葉が飛び込んできた。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
当の山川美貴が、自分の机を哲司の机にくっつけてきてそう言った。
そう、あの一風変わったイントネーションの日本語でだ。
(ええっっっ!)
こうなれば、哲司はもう何も言えなかった。
仕方が無いから、浮かしかけた尻を椅子に戻す。
その日の授業は、異常に長く感じたものだった。
何しろ、遊ぶ事が出来ない。
いつもなら、教科書やノートに、いろんな悪戯書きなどをして時間を潰す。
まともに担任の話など、聞いてはいない。
常にうわの空だ。緊張感も何も無い。
当てられたら、「分かりません」と言えばそれで済んだ。
だが、山川美貴が哲司と机をくっつけるようにして教科書を覗き込んでくるのだ。
しかも、彼女は勉強には前向きのようだ。
担任の話にじっと耳を傾けている。
ページを捲るのも、その美貴がやってくれるようになる。
そして、黒板にかかれたことは、丁寧にノートに書き写している。
そうなれば、哲司も一応は静かにじっとしていることしか出来なくなる。
まさか、今まで殆ど書いたことのないノートに、黒板の文字を書き写す事まではしないけれど・・・。
そして、ようやく午前中の授業が終わった。
(つづく)