第7章 親と子のボーダーライン(その30)
哲司は、部屋を出て教室に戻ろうとする。
と、向こうから、先ほどの猛者教師がふたりの男子学生の腕を掴むようにして歩いてくるのと擦れ違う。
「おう、もう済んだのか? 武田先生は部屋か?」
擦れ違い様に、猛者教師が言う。
哲司も、自分に言われているのは分かっていたから、一旦は足を止める。
だが、その猛者教師は、一度も哲司を振り返ることなく、そのまま大股な歩みで先ほどまで哲司がいた部屋へと向かって行く。
「ふん、勝手にしろ!」
哲司は、口の中でそう悪態を付く。
今のは、確か、3年の三浦と井上。
いずれも、学校としては持て余している、言わば不良グループメンバーだ。
横江と言うのがボスで、今のふたりはそのグループの幹部ってところだ。
哲司も、中学に入りたての頃には、当時2年生だったこの横江グループに目を付けられたことがあった。
顔が生意気だと、何度か囲まれた。
正直、ビビッた。
それでも、哲司は、根性だけは座っていたような気がする。
「どうにでもしゃあがれ!」
そんな開き直りがあった。
ボコボコにされたら、それを理由に、正々堂々と学校を休める。
そんなぐらいに考えた。
そうした哲司を見て、その横江グループのバックにいた3年の大山って言う柔道部の奴が、「もう、そいつの事はほっとけ!」と言ってくれた。
その一言があってから、哲司は横江グループから手を出されなくなった。
その大山も去年の春、学校を卒業して行った。
どうして、あの時、そう言ってカバーしてくれたのかは未だに分からない。
それ以降、大山と話す機会も全くなかった。
(横江グループが昨夜の喧嘩を?)
猛者教師が連れて行ったってことは、そういうことなのだろうか?
哲司は、それもどうも違うような気がする。
(ま、俺にゃあ関係の無いことで・・・。)
哲司は、そんなことより、さきほど武田が言ってた山川美貴の名前の方が気になっている。
武田の前では、そんな事はおくびにも出せないが、実は、山川美貴とは小学校時代に同じクラスで机を並べた経験があったのだ。
彼女は、父親の仕事の関係で、しばらくはアメリカで生活をしていた。
そして、小学校5年生のときに日本へ戻ってきた。
俗に言う、帰国子女だった。
で、勉強の進み具合から、3ヶ月だけ、1学年下のクラスでウォーミングアップをすることとなった。
その時、横の席に座っていたのが哲司だった。
(つづく)