第7章 親と子のボーダーライン(その16)
どうして、そうなったのかは自分でも分からない。
ただ、少なくとも、両親を怖いとは思わなかった。
どちらかと言えば、鬱陶しい存在だった。
「だ、だからさ・・・、あんたの意見を聞きたいと思って・・・。家族なんだし・・・。」
母親は、それまで以上に哲司の顔をじっと見る。
「べ、別に・・・。それは、好きなようにすれば良いんじゃない?
俺がどう思おうと、大勢に影響はないっしょ。」
哲司は、表向き、そう突っぱねた言い方をする。
突然に「家族なんだし・・・」と言われても、そうそう主体的に考えられる問題ではない。
「ほ、本当に?」
「ああ・・・。」
哲司は虚勢を張っている。
それは、自分でもよく自覚しているつもりだ。
本当は、父親がこのまま仕事を続けてくれたら良いのにと思っている。
それは、何も、父親のことを考えてのことではない。
当然に、今受けている経済的支援のことを考えてのことだ。
退職金が幾ら出るのか、貯金はどれくらいあるのか、そんなことは知ったことではない。
ただ、今でもかなりキツイ生活をしている哲司からすれば、この先の経済支援がどうなるかはそれこそ死活問題ではある。
「お父さんは、再雇用制度を使っててでも、仕事を続けたいって言うんだけれど・・・。
私はねぇ・・・。」
母親は、そこまで言ってから、茶碗の御飯を口に入れる。
意識してそうしたようにも見える。
「反対なの?」
哲司がトンカツに箸を伸ばした状態で訊く。
「う〜ん・・・、反対って訳じゃないんだけれど・・・。」
「お父さんは働きたいって言ってるんだろ? だったら・・・。」
哲司は、その先は敢えて口にしなかった。
まるで自分のために言っているような気がするからでもある。
「お父さん、私たちのために、40年以上もずっと働いて来てくれたんだし・・・。
もう、そろそろ、少しは自分のために時間を取られても良いんじゃないかって・・・。」
母親は、向いに座っている父親の顔をチラチラ見るようにしながら言う。
「ま、まあ・・・、そういう考え方もあるけれど・・・。
で、でも、最終的には、お父さんが決めることだろ?
お父さんの人生なんだし・・・。」
哲司は、珍しく、父親の立場を擁護する。
そんなことが言える自分だとは思ってもみなかった。
「そりゃあね、今までと同じ立場で仕事が続けられるのであれば、私も心配はしないんだけれど・・・。」
母親は、その点が大きく変化する筈だと言いたいようだ。
ある程度の情報は持っているらしい。
(つづく)