第7章 親と子のボーダーライン(その13)
「アイタ!」
哲司はそう思った。
冷静に考えれば、会社からの通告は「ごもっとも!」である。
従業員だから、寮に住まわせているのだ。
寮費や食費という名目で控除はしていても、そこは決して賃貸アパートではない。
この事態に至って、初めて哲司は実家に連絡を入れた。
そして、退職したことを伝えたのだ。
一両日中に荷物を実家に送る旨も言う。
「で、哲ちゃんはどうするの?」
母親が電話口で訊いた。
「一度、そっちに帰る・・・。」
確か、そう答えたと記憶している。
他に行くところがないのだから、そう言うしかないだろう。
その連絡を入れた日から5日目に、哲司は実家に戻った。
その5日間の間に、両親は、哲司の今後を考えたらしい。
「放っておけば、そのままズルズルと動かなくなる。」
そう思ったようだった。
それで、今の、席だけがある専門学校に入学させたのだ。
両親の動きは素早かった。
その5日目に戻ったときには、既に入学手続きが完了していた。
丁度、翌月から下期の講座が開講するタイミングだった。
「しばらくはゆっくりしよう」と考えていた哲司だったが、実家に戻った途端に通告された専門学校入学に、「やっぱりな」と頷く自分がいた。
両親がこのまま黙って自由にさせてくれる筈はないだろうと漠然と考えていたが、その素早さには驚きもした。
その時にも、「ああ、これで、またひとり住まいが出来る」ということが判断の第一基準だった。
とても、この実家から毎日通える場所ではなかったからだ。
やはり実家に戻れば息苦しさを感じる。
両親の顔を毎日見るのも辛い。
何しろ、一日中ゴロゴロとするだけの哲司を見る目が悲しそうだった。
で、結局、哲司は、両親の提案を受け入れることにする。
これまた言い訳になるが、「その専門学校で専門知識を身につけて・・・」という動機付けはなかった。
実家から離れられる。
それが、唯一、哲司の決断を促した要因だった。
「じゃあ、今年は卒業できそう?」
母親が箸を持ったままで、哲司の気配を探ってくる。
(つづく)