第7章 親と子のボーダーライン(その10)
「う〜ん・・・、確か、哲ちゃんが高校の寮に入っていた頃だったから、もう5〜6年前になるんじゃないのかなぁ・・・。
でも、どうして、今頃?」
母親は、そうしたもう何年も前のことなのに、どうして今になって訊くのかという顔をする。
「いや、今日、ここへ来るときにバスの中から見えたから・・・。」
「ああ、今は、老人センターになってるでしょう?」
「・・・・・・。」
母親は哲司との会話を続けたいような顔していたが、哲司はもうそれだけが聞ければ十分だった。
自分が通っていた小学校が統廃合で無くなった。
その事実を確かめられただけで口を開いた甲斐はあった。
また、この家が、自分から遠くなったと思っただけだ。
「今度は、しばらく泊まって行けるんでしょう?」
母親は、哲司がその話題に関心が無くなったとみるや、次の話題に切り替えてくる。
「う〜ん・・・、まだ、分からない。」
哲司は、「それはそちらの出方次第だ」という言葉を飲み込んで言う。
「でも、ある程度はそのつもりじゃあないの? 珍しく、哲ちゃんの方から帰るって言ってきたぐらいなんだし・・・。」
母親は、そう言って、ある種の期待感を示してくる。
「だ、だって・・・、それは、お母さんが、帰って来い帰って来いって言うからなんだし・・・。」
哲司は、自分から積極的に動いたものではないとの立場を崩したくはなかった。
事実、どうしてこの時期に実家に戻ってみようと思ったのかは、自分でも明確ではない。
確かに、母親からは何度も「一度帰っておいで」とは言われていた。
電話のたびにその一言が付け加えられた。
それでも、その言葉にまともに答えたことはなかった。
特に、その必要性を感じなかったからでもある。
哲司自身は、既に親から独立した一個の人間だとの意識がある。
年齢も22歳。つまりは、法律的にも「成人」として認められている。
だからでもないが、いちいち親の言うことに「はいはい」と従うつもりはない。
対等な人間として、自分の主張はしっかりと持つべきだとも考えている。
そりゃあ、確かに経済的な支援は受けている。
それでもだ、それは親としての義務の一環。
たまたま哲司は大学に行ってはいないが、大学生であれば、まだ学費や生活費は親が面倒見るのが普通だ。
それと同じだ。
そう考えていた。
だから、奈菜の父親が言うように、「感謝しなければ・・・」とは思っていない。
(つづく)