第7章 親と子のボーダーライン(その4)
丁度、時刻も6時前だ。
哲司が小学校の頃は、この時刻でも子供の姿があちこちにあった。
自転車に乗って突っ走っていく子供もいた。
バットやグラブを抱えて家路に急ぐ子供もいた。
いつでも夕飯が食べられるようにと、家の前で縄跳びをする子供もいた。
それこそ、外で遊べる時間を名残惜しそうにだ。
それなのに、今はどうだろう。
こうしてバス停ひとつ分の距離を歩いているのに、殆ど子供の姿を見かけない。
たまにいたかと思えば、勉強道具が入っているらしき鞄を提げ、時刻を気にするように足早に歩く子供だ。
恐らくは塾に行くのか、塾から帰るのか、そのいずれかなのだろう。
とても、遊んでいる雰囲気ではない。
もうすぐ実家だというところまでやってくる。
と、ポケットで携帯電話が鳴った。
(ん? 誰だ?)
そう思いながら、着信画面を確認する。
家からだった。そう、もう見えている実家からである。
哲司は一瞬迷ったものの、それでも電話に出た。
「もしもし・・・、もう、夕御飯できたけれど・・・。」
母親の声だった。
「ああ・・・、今、帰る。」
哲司はぶっきらぼうに答える。
「えっ! 今って?」
「だから、もう、あと1分で・・・。」
「ああ・・・、そうなのかい・・・。じゃあ、お味噌汁入れとくわ。」
哲司はその母親の言葉には答えないまま、電話を切った。
哲司は玄関の引き戸を開けて中へと入った。
靴脱ぎ場には、父親の革靴がきちんと並べられていた。
どうやら、既に父親も帰宅しているようだ。
ズック靴を脱いで上がる。
で、そのまま奥へと行きかけて、ふと反転をする。
今脱いだ靴を、右の端に寄せるようにして置く。
父親の靴とはかなりの距離を取った。
そして居間へと入っていく。
「ああ、お帰り。遅かったんだねぇ。」
母親が嬉しそうに言う。
「だから、夕飯までには・・・って言っておいただろ?」
哲司は、遅くなったことの弁解をしたつもりだった。
(つづく)