第7章 親と子のボーダーライン(その2)
(ん? 学校がなくなったってことか?)
哲司は、仮にそうだとしても自分には関係のないことなのに、どうしてか気になってくる。
そう言えば、この地方都市でも、都心回帰の現象が起きていると聞いたことがある。
高度成長時代、郊外へ郊外へと街はまるで原始林を焼くように拡がって行った。
丁度その頃なのだろう。両親が今の実家を購入したのは。
そして、そこで哲司は生まれた。
それから20数年。
少子化、高齢化が進み、一旦はそこまで拡がった街そのものが、今度は都市機能が充実した都心部へと再収縮していると言うのだ。
確かに、実家のある住宅団地の周辺では、以前のように子供が集団で遊ぶ姿を見なくなっている。
初めのうちは、「家でゲームなんかをしているんだろう」と、子供の遊び方の変化にその原因があるように思っていたが、どうやらそうではなくって、子供の絶対数が極端に減少しているようなのだ。
「お前のような若者もここを離れて行くしなぁ〜。」
もう随分と前だが、ふと父親がそう洩らしたのが印象的だった。
その時には、哲司はそれを父親の皮肉と受け取っていた。
地方都市と言っても、東京や大阪の、いわゆる大都市とは違う。
バス停の数で5つ目ぐらいからは、もうその車窓にコンクリートで出来たビルの姿は見えなくなる。
いわゆる住宅地を走っている感じになる。
そして8つ目のバス停が“川上老人センター前”だった。
車内アナウンスで、次のバス停がそれだと分って、哲司は意識して窓から見える景色に注目をする。
川上小学校は、バス停のまん前だった。
いや、川上小学校のまん前に、バス停があったと言うのが正解なのだろう。
バスが止まった。
降りる客がふたりいた。
その間、哲司は真正面に見える小学校の校舎をじっと眺めていた。
別に取り壊された様子はない。
哲司の知っている小学校が、夕日に照らされて静かに建っている。
もう、午後の5時を過ぎているのだから、校庭に子供の姿がなくても不思議ではない。
だが、哲司は、静かに、余りに静かに建っている小学校の光景に、ふと、思いがけない不安を覚えた。
そして、バスが再び動き始めたときだった。
校門にある筈の『川上小学校』の表札に目が張り付いた。
そこには、真新しい『川上老人センター』という文字がくっきりと読み取れたのだ。
(つづく)