第6章 明日へのレシピ(その87)
その横断歩道を渡って、哲司はロータリーへと戻った。
目の前のベンチでは、如何にも女子高生だと分る制服を着た女の子が3人、お喋りに興じている。
そう、1時間ほど前に、千佳とミチルのふたりと初めて言葉を交わしたあのベンチである。
哲司は、その女子高生の中に、ふと奈菜の姿を探している自分がいることに気が付く。
そう言えば、哲司は奈菜の制服姿を見たことがなかった。
実家のある分譲住宅地方面へのバス停に行く。
次のバスの時刻を確認すると、後10分ぐらいだった。
(ああ、グットタイミング・・・。)
哲司はそう思った。
既に時刻は午後の5時近い。
昼間帯には1時間に1本ぐらいしたか走らないバスも、さすがに学生の登下校時刻となる午後の4時台からはその本数も増えている。
バス停のベンチは既に満席だった。
4人掛けのベンチが2台。つまり8人が座ってバスを待っていた。
そして、その周辺に立って待つ人も5〜6人はいるだろう。
哲司は、一番後ろ側に設置されている鉄柵に凭れるようにして立った。
ここで、バスが来るのを待つつもりだった。
夕日が西の空に眩しく見える。
毎日、同じように夕日はこうして西の空に落ちていくものなのだが、どうしてか、哲司はそれを懐かしく感じる。
ここしばらく、こうした夕日を見た記憶がなかったからだろう。
毎日、この時間には何をしてたのだろうと思ってしまうほどだ。
今朝、洗濯をしてから家を出た。
何日で戻るか分らなかったから、部屋の中に干してきた。
そして、駅まで行ったら、そこで奈菜とぶつかった。
二言三言話して、そこで別れた。
その奈菜からメールが来た。「明日、定期検診に行く」と。
列車の中では、あの母子と知り合った。
生まれて初めて、赤ん坊を抱いた。温かくって、柔らかかった。
その感触が今でもこの手に残っている。
そして、同じ年頃の子供がいると言うあの高木と言う男性とも話した。
厳しい現実を教えられた。自分の甘さを思い知らされた。
ショックがなかったと言えば、多分嘘になるだろう。
で、最後には、ファーストフード店でバイトをする千佳とミチルと知り合った。
レイプ集団のことがキッカケだったが、女の子の心理を教えられたような会話だった。
そして、今、実家へと向かうバスを待っている。
たった1日に、これだけのことがあったのは、もう何年ぶりなのだろう。
疲れたという気持より、何かが自分の中で動き始めているという実感の方が大きい。
(あの太陽も、これから沈んで、明日はまた東の空から昇るんだ・・・。)
哲司は、明日から何かが変わるような気がする。
(つづく)