第6章 明日へのレシピ(その82)
「その子、そんなに可愛い子?」
ミチルが千佳の顔色を窺いながらも、哲司にそう訊いてくる。
「ん?」
哲司は、問われている意味がよく分からない。
「だってさ、その子って、いわばシングルマザーになるって言ってるんでしょう?
その経緯は別にしても・・・。」
「う、うん、まあね・・・。」
「それなのに、お兄さんは、その子のことが好きなのよね?」
「・・・・・・。」
哲司は、頷くだけにする。
「うちのお姉ちゃんもそうだけど、シングルマザーって、敬遠されるのよ。
声を掛けてきたり、近づいてきたりする男性はいるんだけど、子供がいるって分っただけで、いつのまにかどこかへ消えちゃうの。」
「・・・・・・。」
「だから、隠すようになるのよね。隠していたって、いずれは知られることなんだけれど・・・。
それだけ、世間の眼は厳しいってことなのよ。」
「・・・・・・。」
哲司は、ミチルの言っていることを正論だと思って聞いている。
「仕事だってそうなのよ。うちのお姉ちゃんだって、好きで水商売をやってるんじゃなくって・・・。
本当は、ちゃんとしたお昼の仕事をしたかったんだけれど、何の特技もないし、ましてや子持ちでしょう?
そんな子を正社員で雇ってくれるところなんてないのよ。
そりゃあさ、パートとかの口は幾つもあったみたいだけれど、それだけじゃとても子供を育てて行けないのよね。
月に12〜3万の手取りで、家賃を払って、光熱費を払ってって考えたら、残るのはほんの僅か。
それじゃあ、子供に御飯も食べさせられないし・・・。
何のために働いているのか、分らないじゃない?
だから、生きるための選択肢として、水商売しかなかったってことなの。」
「・・・・・・。」
「だからと言って、私は、お姉ちゃんの生き方を否定はしない。
自分のために生きる人生もあれば、誰かのために生きる人生もあるって思うから。
昔から言われてるじゃない? “女は弱し、されど母は強し”って・・・。
今のお姉ちゃんを見ていると、女じゃなくって、母親なのよね。
子供のために生きてる。そんな気がするの。
そうした生き方もありだと思うけれど・・・。」
「・・・・・・。」
「でも、私には出来ないって・・・、そう思う。そんなに強くはなれそうにないもの。
だから、お兄さんが、本当にその子のことを思って支えてあげてくれるのなら、こんなうれしいことはないって思ったりして・・・。」
ミチルは、自分の掌に握り締めたハンカチに視線を落とすようにして話している。
(つづく)