第6章 明日へのレシピ(その81)
「キツイ言い方かもしれないけれど・・・。」
千佳が煙草を取り出しながら哲司に向かって言う。
「?」
「“愛情”と“同情”は明らかに別のものだからね。」
千佳は、煙草を手に持ったままで、哲司の反応を窺うようにする。
「そ、それは・・・、分っている。」
哲司は、千佳が何を言っているのかは頭では分ったつもりでそう答える。
「だったら良いんだけれど・・・。」
千佳はそう言ってから煙草に火をつけた。
「・・・・・・。」
ミチルは今交わされた千佳と哲司の会話の意味が掴みきれなかったようで、黙ったままだが、交互にふたりの顔を見比べるようにする。
“私にも分るように言って・・・”というような顔をする。
千佳はそんなミチルの視線を感じたらしく、目で何やら物を言う。
そして、煙草をゆっくりと吸った。
一方の哲司も黙っている。
それは、自分では「分っている」と答えたものの、千佳が言った「“愛情”と“同情”は明らかに別のもの」という言葉を頭の中で繰り返していたからだ。
確かに、哲司は奈菜のことを可愛いと思っているし、今の時点で「別れろ」と誰かに言われたとしても当然に拒否するだろう。
それでもだ。
では、今現在、奈菜と付き合っているのかと問われれば、「一応は・・・」ってぐらいにしか言えない。
それこそ、哲司が最初にこのふたりに説明をした「顔見知りの子」程度だろう。
俗に言う「彼氏・彼女」になっているとはとても言えないし、そうした実感もない。
それでも、いや、それだからこそ、自分ではない男の子供を宿した奈菜をある程度冷静な目で見ることが出来ているのかも知れない。
一般的な男の思考回路からすれば、哲司の行動はまさに「異常」なのだろうとは思う。
他人の子を身篭った女の子を自分の彼女・恋人にするなんて、とても普通ではない。
哲司も、これで、それ以前に奈菜と恋人関係になっていて今回のそうした事実を知ったのであれば、また別の価値観を持っただろうとは思う。
それが、現在の心境や行動と同一であろうとはとても思えない。
それだけは、自分でも意識する。
「で、お兄さんは、どうしたいの?」
千佳が煙草を吸い終ったようで、灰皿の中で火を消しながら言ってくる。
「う〜ん・・・、それが分れば、苦労はしない・・・。」
哲司は、無意識のうちにそう答えていた。
「でしょうねぇ・・・。でも、少し時間を掛けたほうが良いような気がするけれど・・・。」
千佳は、意識してか、深呼吸をする仕草をしながら、そう言った。
(つづく)