第6章 明日へのレシピ(その80)
「ねっ! だから、ミチルも、その話はもうしないの。」
千佳は、ミチルを諭すように言う。
「ご、ごめんなさい・・・、つい・・・。」
ミチルも、その辺りの事情が飲み込めたらしく、哲司に向かって頭を下げた。
本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「・・・・・・。」
哲司は、「別に、良いよ」と言う意味を込めて、首を小さく横に振る。
「それで、悩んでるの?」
一呼吸おいて、千佳が哲司に訊いてくる。
「う〜ん・・・・・・。」
さすがに、哲司も肯定も否定も出来ない。
「ま、その子の場合、お腹の子を産みたいって言うんだから、さらに複雑よね?
その部分に納得が行かないんでしょう?」
千佳は、まるで哲司の気持の中を見透かしたように言ってくる。
「・・・・・・。」
哲司は、答えられない。
それは、決して言いたくないとか、答えたくないとかではなくて、納得をするしない以前の段階にいるような気がするからだ。
分らないことが多すぎる。
ただ、明らかなことは、「奈菜が誰かの子を身篭っている」という事実と、それでも「俺は奈菜のことが好き」という漠然とした思いだけだ。
こうした状況が、このふたりに理解されるとはとても思えなかった。
「お兄さんの片思いなの?」
ミチルが小さな声で、まるでそっと探りを入れるように訊いてくる。
先ほどの勢いはまったく感じさせない。
「ど、どうして? どうして、そう思う?」
哲司は、反射的に問い返した。
自分の気持の奥底に隠すようにしてあった痛さに触れられたような気がしたからだ。
「う〜ん、ただ、何となく・・・、そう思っただけ・・・。」
訊いたミチルの方が、反応した哲司よりも慌てたように見える。
「片思い・・・か、そ、そうかもしれないし、違うのかもしれない。」
哲司は、本音を口にした。
「奈菜は俺の彼女」と断言できるものは何ひとつない。
まだ、手も握ってないし、エッチどころかキスすらもしてはいない。
それでも、無性に愛らしく思えるのだ。
それを「片思い」と取るのか、単に「憧れているだけ」と解するのかは難しい。
そこに加えてだ。「奈菜が哲司と付き合いたいと言っている」と言う、摩訶不思議な状況がさらに哲司を混乱させている。
(つづく)