第6章 明日へのレシピ(その75)
「で、お風呂から上がって、私、近くのドラッグストアへ行ったの。
病院へは行かないって言うんだから、市販の薬ででも何とかしなくっちゃ。
そう思ってね。」
「・・・・・・。」
「でも、その道々考えたのね。
あれだけの傷だったら、どんなに手当てをしたとしても、当分は外に出られないなって・・・。
ま、身体の部分は服で誤魔化せるにしても、顔だけはそうも行かないでしょう?
唇は切れてるし、目の縁は晴れ上がっているし・・・。
バイトも当分はやれないだろうって・・・。」
「・・・・・・。」
「案の定だったわ。」
「?」
「その子、それから1週間ほどバイトを休んだのよね。
も、もちろん、ちゃんと連絡は入れたわよ。ちょっと風邪を引いたらしくって熱が高くって・・・ってね。
でも、さすがに1週間はヤバかった。
5日目に、あと2日ほど休ませて欲しいって言ったら、それでクビ。」
「えっ! く、クビ?」
ミチルが驚いたような声をあげた。
「そう、“じゃあ、もう来なくって良い”って・・・。」
「たった、5日、いえ、7日でしょう?」
「う〜ん、そっか、ミチルは、今までは契約社員だったんだ・・・。
確か、契約社員だと、多少なりとも有給休暇の制度があったでしょう?
でもねぇ、バイトは、そんなのないのよ。
休めば、それはすべて無給。日雇い労働なんだからね。
それだけ厳しいのよ。
なり手は幾らでもいるの。
当てには出来ない子を、そうそう長期間待ってはくれないわ。」
「そ、そうなんですか・・・。」
「そ、そうなのよ。だから、今日から入ったあの店も、それなりの覚悟をしておく必要はあるのよ。
休まない、遅れない、サボらない。
この鉄則をひとつでも破ると、そのうちに、それこそ“もう、明日から来なくって良い”って言われるからね。
まるでロボットだよ。私たちは・・・。」
「・・・・・・。」
ミチルは、唇を噛み締めるようにして千佳の口元を見つめている。
「そんな状態だったから、私、毎日のように、その子の部屋を訪ねたわ。」
「ま、毎日・・・ですか・・・。」
「だってさ、背中の傷なんか、自分じゃ薬も塗れないし、ガーゼも取り替えられないでしょう?
それに、自宅に篭ってるんだから、食べるものだって要るし・・・。」
千佳は、友達として当然のことをしていると言わんばかりの顔をする。
(つづく)