第6章 明日へのレシピ(その72)
「私・・・、迷ったんだけれど、その子の言うとおりにするつもりで、“分った”って答えたの。」
千佳は、また痛そうな顔をする。
そう、まさにしかめっ面だ。
それだけ、衝撃的で重たいことだったのだろうと思われる。
「そ、それで?」
女の子同士だから言えるのだろう。
ミチルがその先を催促するように言う。
哲司は、もはや何も言える立場ではないような気がしている。
ただ、周囲のことが気にはなる。
ここはファーストフード店である。
「お風呂にお湯を張ってから、その子に“入れるわよ”って言ったの。
そしたら、とうとう泣き出したの。」
「・・・・・・。」
「分るわよね。泣きたい気持って・・・。だから、私、その子を抱きしめてた。
こんなにか細い子だったのかって思った・・・。」
千佳の言葉が次第に小刻みになる。
当時の映像を、そのひとコマひとコマを繋ぎ合わせているようにも感じられる。
「ひとしきり泣いて、泣くだけ泣いて、ようやくしゃくり上げるような声になって・・・。
で、私、その子の背中をポンポンと軽く叩いた。
そう、赤ん坊をあやす時みたいに・・・。
そろそろ、お風呂入ろうって言うつもりでね。」
「・・・・・・。」
「で、ようやくその子が顔を上げた。その顔は、何度か殴られたように腫れ上がってた。
きっと、無意識のうちにでも、出来るだけの抵抗はしたんだと思う。
だから、あんなに殴られて・・・。
唇も切れてたし、目の周囲にも青アザのようなものがあったわ。」
「ひ、酷い・・・。」
ミチルが顔をしかめるようにして言う。
「あれを見たら、やっぱり警察に・・・。私は、そう思った。
で、でも・・・、それは言えなかった。
その子の気持を思うとね・・・。」
「・・・・・・。」
ミチルが千佳の言葉を肯定するかのように、そこで大きく2度頷く。
「その時、多分、私も泣いてたんだと思う。
その涙をその子が指で拭いたの。そして、言ったわ。
“ありがとう”って・・・。」
「・・・・・・。」
ミチルがハンカチを手にした。
そして、それを向かいに座っている千佳の方へと差し出した。
哲司がその先を視線で追うと、そこには涙を流した千佳の顔があった。
(つづく)