第6章 明日へのレシピ(その69)
「女の子って、やっぱり産みたいって思うもの?」
哲司は、敢えてその前段に付けるべき「レイプされた結果できた子供でも・・・」という言葉を割愛する。
ミチルのお姉さんの場合とも少し違うような気がしないでもないからだ。
「私も、お姉ちゃんが産むと言った時は大反対した。ひとりで育てるなんて、できっこないって思ったし・・・。
でも、今のお姉ちゃんを見ていると、ほんと、生き生きしてるの。
もちろん、私生児って言うぐらいだから、認知もしてもらってないし、養育費のような経済的な支援も貰ってない。
それでも、お姉ちゃんは水商売をやりながら、親子ふたりで懸命に生きてるの。
すごいなぁって思っちゃう。尊敬する。
そういうお姉ちゃんを見てると、やっぱり産んで良かったのかなぁ・・・なんて思うの。」
ミチルは、哲司の質問に直接答えるのではなく、自分の姉の例を持ち出すことによって、見知らぬ女の子の気持を擁護する。
「でも、本人、つまりミチルのお姉さんも、そう思ってるのかしら?
そりゃあね、産んで育てられるのが一番良いのだろうけれど・・・、現実は想像以上に厳しいもの。
ミチルのお姉さんも、後悔ってしたことないの?」
向かいに座っていた千佳が冷静な顔で言う。
「そ、それは・・・。きっと、あったと思う。
ううん、やっぱり、産む直前まで、“これで良いんだろうか?”って迷っていたと思う。」
「それでも、産んだんだよね?」
「お姉ちゃんは、子供を産むことで、その相手の人への思いを遂げようとしたんだと・・・。」
「ん? 当て付けに?」
「ううん、そうじゃない、そうじゃなくって・・・。」
「・・・・・・。」
「少なくとも、お姉ちゃんが愛した人の子供なんだっていう・・・。
お腹が目立つようになってからは、特にそうよく言ってた。
“あの人との愛の結晶なんだ”って・・・。」
「で、でも、その肝心の相手は、“俺の子じゃない”って言ったんでしょう?」
「う、うん。」
「だったら・・・、その時点でその“愛”もなくなっていたんじゃないの?
私だったら、そんな男、絶対に許せはしないけれど・・・。」
「・・・・・・。」
女の子ふたりの会話に、暫しの沈黙が流れた。
「じゃあ、君だったら、絶対に産んでない?」
哲司が千佳に向かって訊く。
別に千佳を非難するつもりはなかったが、やや言葉尻が強くなったのを意識する。
「そ、そうね。私だったら、絶対に産んでない。そう思う。」
千佳は、そう断言をするように言う。
それでも、そのトーンからは、言うほどに「絶対」ではないとの雰囲気も感じられる。
(つづく)