第1章 携帯で見つけたバイト(その38)
「じゃあ、また後でな。」
及川が軽く手をあげてその場を去ろうとする。
「えっ!・・・また、後で何かあるんですか?」
哲司が緊張していたためか、「また後で」と言われたことに異常に反応する。
及川が笑って言う。
「だって、今日の賃金、今日欲しかったんだろ。」
哲司は、笑って頭を掻くしかなかった。
それにしても、わざわざ、現場責任者が明日の事で話してくるとは思っても見なかった。
及川にすれば、たまたま例の装置のことでここへ来たついでなのかもしれないが、迫られた哲司はそうは取らなかった。
「何かあるな。。。。。」
それが一体どのようなことなのかは、想像すら出来ないのだが、このままで終わるとは思えない何かがあった。
どうしてだか分らない不安だけが残った。
「ん?、待てよ。ひょっとすると、あの山田のやっていた作業を見抜いて、これが終わったら、この俺にやり直しをさせるつもりじゃないだろうな。
だから、明日の話まで持ち出して、後から断れないようにと仕組んだのか?」
だったらどうするの?と自分が自分に訊いている。
「でも、まさか、それはないだろう。
もし山田のやり方に気がついているのだとしたら、立場上、まずはあの香川主任に何かを指示しているだろう。
そもそもあの主任も、いろいろとあって、山田には頭に来ていることがある。
そうした状況で、山田の仕事の仕方がマズイと分っておれば、今のこの時点で何らかの対応をしている筈だ。
それが無いという事は、まだ気がついていないということなのではないか。」
哲司は、最初に思い浮かべた想定を抹消した。
「そうではない」と。
「だったら、何なんだ!」
哲司を悩ませるには十分な、あの及川の物の言い方であった。
その及川が部屋から姿を消したのを確認してから、哲司は「山田はどうしてるんだ?」と部屋の中を目で探す。
だが、どこにも山田の姿は無かった。
「あいつ、本当に珈琲を飲みに行ったんだろうか?」
そこまで気にする必要も責任もないつもりだったが、これまた何となく気になって仕方が無い。
そこに香川を先頭にした2人の男が台車を押して入ってきた。
「おい、もうひとりは?」
香川が訊く。
「さあ?」
哲司は余計な事を言わないようにする。
「おい、じゃあ、とりあえず電源に繋いでくれ。」
香川の言葉でその台車の上を見れば、やはり予想通りの業務用電気掃除機がドンと載っていた。
男が、電源コードをリールで伸ばして、廊下へと向った。
(つづく)