第6章 明日へのレシピ(その64)
「私も、噂を耳にしただけよ。詳しいことは知らないわ。」
千佳は、そう言って、一応は煙幕を張った。
哲司がどうしてそのことについて訊きたがるのか、それを確かめてからでなければ・・・、との思いがあるようだ。
まさか、警察関係者だとは思っていないのだろうが・・・。
そう言われてしまうと、正直、哲司は次の言葉が出てこない。
「実は・・・、そのグループなのかどうかは分らないけれど、同じようなグループの被害に遭った子を知ってるもので・・・。」
哲司は、ある程度は本当のことを言わなければ、この先の話が訊けないだろうと腹を括った。
もちろん、それは奈菜の事件である。
「えっ! ・・・ ああ、そ、そうだったんだ・・・。そ、それで?」
千佳が関心を示した。
最後の「それで?」が、もう少し詳しく言えと言っているように聞こえる。
「う〜んと・・・、この街じゃないから、多分違うグループなんだとは思うんだけれどね。
で、その被害が最悪の結果にまで行っちゃって・・・。」
「最悪の結果? そ、それって、これ?」
千佳が、手で自分の腹の部分に半円形を描いて訊く。
つまりは、「お腹が膨らんだのか?」「妊娠をしたのか?」と問うているのだ。
「う、うん。」
哲司は肯定する。
「ああ・・・、可哀想に・・・。で、その子、お兄さんの家族?」
千佳は、どうしてなのか、一気に核心を突いてくる。
「い、いや、・・・そうではないんだけれど・・・。」
「じゃあ、・・・ま、まさか、恋人?」
「い、いや・・・、そ、そうでもない・・・。単なる友達・・・。」
哲司は背筋に汗を感じた。
奈菜の顔が瞼に浮かぶ。
それでも、今は、この場では、そう言っておく他は無いだろうと思っての言葉だ。
「そ、そっかぁ〜・・・、だからだね?」
千佳が哲司の顔をまじまじと見つめてくる。
「ん? 何が?」
「だから、私たちに、これ奢ってくれたんだ・・・。」
千佳は、哲司が「お茶ぐらいなら」と逆ナンパに応じてきた理由がそこにあると確信したようだった。
「ん、ま、まぁね・・・。」
哲司としては、自分でもはっきりとはしていなかったから、やや曖昧にそう応じておく。
「だったら・・・。」
千佳が、唇をかむようにして、宙を睨む。
何かを知ってそうな雰囲気である。
(つづく)