第6章 明日へのレシピ(その60)
「あ、俺、吸わないから・・・。」
哲司は、反射的にそう答える。
高校時代には隠れ煙草もしたが、あんまり旨いものだとは思わなかった。
それに、結構高い。
煙草を買うぐらいだったら、缶コーヒー3本を買ったほうが良い。
そう思った。
それっきり、煙草とは縁を切っていた。
「千佳さんが吸うから・・・。」
ミチルが少し小さめの声で補足する。
「ああ・・・、そっか・・・。」
哲司は苦笑しながら、灰皿が置いてある台から取ってくる。
「お兄さん、吸わないの?」
哲司の前にコーラを置いた千佳が恥ずかしそうに訊く。
いや、訊くと言うより、自分の予想とは違ったという困惑の言葉のようにも聞こえる。
「・・・・・・。」
哲司は何も答えなかった。
既に答えていると言う思いがあるのと、煙草を吸うことに多少の恥ずかしさを見せる千佳への気配りのつもりだった。
先ほどのロータリーでの長椅子の場面と同じように、千佳が哲司の向かいに座って、ミチルが哲司の横に座る。
しかも、哲司を窓際に座らせて、その動きを封じるようにミチルが座る。
哲司は、そうしたふたりの行動に、多少の違和感を感じた。
女の子がふたりで男がひとりの場合、女の子同士が並んで座って、その向かいに男が座る。
それが、ごく一般的な席の取り方だと思う。
それなのに、このふたりは如何にもこれが当然とでも言うように、何の躊躇もなくこの座り方をする。
「じゃ、遠慮なく・・・。」
千佳がハンバーガーを両手で持って哲司に言う。
小さく頭を下げたようにも思えた。
「ど、どうぞ・・・。」
哲司も、そうとしか言いようがない。
「お兄さん、これ、半分ずつ食べません?」
隣に座ったミチルが言ってくる。
そして、哲司の目の前に自分が頼んだハンバーガーを持ってくる。
「い、いいよ。君が頼んだんだから・・・。」
突然の、しかも思わぬ提案に、哲司が慌てるようにしてそれを断る。
悪戯っぽいミチルの顔が眩しく感じた一瞬だった。
(つづく)