第6章 明日へのレシピ(その58)
そう、言ってしまってから、(またまた、余計なことを・・・)と後悔をする。
哲司の欠点でもあり、弱点でもある。
つい、言葉が頭より先走る。
「えっ? ・・・。」
どちらがそう言ったのかは分らなかったが、兎も角も、ふたりの動きが一瞬にして止まる。
「ど、どうする?」
これは、千佳がミチルに対して問うた言葉だ。
ミチルは黙って小さく頷いた。
「本当に、お茶、ご馳走してくれるの?」
「ああ・・・。ただし、あんまり高いのは御免だけれど・・・。」
「じゃあ、あそこのハンバーガーでも良い?」
千佳が通りの向かい側のファーストフード店を指差して言う。
「う、うん。それぐらいなら・・・。」
哲司は財布の中身を頭に浮かべながらその提案を了承する。
それが現在の全財産だが、後は250円のバス代さえあれば実家に辿り着ける。
そうした安堵感がそう言わせていた。
「わ、分った。じゃあ、付き合うわ。」
千佳が決断するのは素早かった。
哲司に考え直す時間を与えない方が良いとの判断があったのかもしれない。
ふたりの女の子は、哲司が長椅子から立ち上がるのを待つ。
そして、ゆっくりと腰を上げた哲司をその両脇から挟みこむような位置に立つ。
目の前の横断歩道の信号が点滅し始めた。
「わ、渡ろう!」
そう言ったかと思うと、ふたりの女の子は両側から哲司の腕を取るようにして走り始める。
それに引っ張られるようにして、哲司も走った。
横断歩道を渡り終えたところで、背後で車の発進音が幾つもした。
「む、無茶をするんだなぁ〜。」
哲司は、抗議のつもりでそう言った。
息が切れている。
「あんなところでぼけっ〜と待つのって嫌じゃない?」
千佳は、走って当然よという顔で言う。
「お兄さんは、いつもは待つの?」
今度はミチルが哲司に訊いてくる。
「あんな無茶はしない。」
哲司は、君たちよりは大人なんだとの意味を込めてそう答える。
(つづく)