第6章 明日へのレシピ(その57)
哲司は、ミチルが指差す方向に視線を向けて、愕然とした。
(ああ・・・。)
そこには、横断歩道で信号が変わるのを待つ人々の映像がくっきりと写っていた。
ビルの外壁に取り付けられたガラス化粧版が、まさに大きな鏡の役目を果たしている。
「私たちを後ろからじっと見ていたのは、分っていたのよ。あの鏡で・・・。
だから、少し怖くなって、ふたりで相談して、あのファッションビルに入ることにしたの。
あそこだったら、店員さんもたくさんいるし・・・って・・・。」
「そ、それは・・・誤解だよ。」
哲司は、追い込まれた。
それでも、そうそう簡単に認める訳には行かない。
「そんなことをするように見える?」
哲司は、自分のようにあまりカッコ良くはない男がナンパなんて出来るはずも無いでしょう? という意味で言う。
「う〜ん・・・、見た目は優しそうだけど・・・。」
哲司の前に仁王立ちしていた千佳が言う。
「だろ?」
哲司がその顔を見上げる。
「でもね、最近は、そうしたあまり風采の上がらない子に声を掛けさせておいて、後でその仲間がどこからか出てくるっていう卑劣なナンパ集団がいるっていう噂も聞くし・・・。」
「ええっ! そ、それが俺ってこと?」
「如何にもイケ面ですってのに声掛けられても、最近の子は、ああ、ナンパだって警戒しちゃうからね。
最初は、大人しくて優しそうな子に声を掛けさせておいて、人目に付かないところに連れ込んだところでどやどやと仲間が出てきて取り囲む。
そんな新手のレイプ集団がいるって噂よ・・・。」
「・・・・・・。」
哲司は、そう言われて黙ってしまう。
もちろん、そうした集団の一味ではないのだが、今の話にどこか思い当たることがあったからだ。
そう、奈菜が言っている「レイプ事件」にどこかしら似たようなものを感じてのことだった。
「ま、こうして間近で話してみて、どうやらそんな悪いことが出来る人だとは思えないけど・・・。」
「・・・・・・。」
「じゃあね・・・。ミチル、行こうか。」
千佳がミチルにそう声を掛ける。
どうやら、これで解放してくれるらしい。
「お、お茶ぐらいだったら・・・。」
哲司が、動きかけたふたりにそう言った。
(つづく)